奥村燐の悪魔的生活


奥村燐は悪魔である。
それは残虐性や非情さを表す形容詞的な用法ではなく、正しく名詞的な意味で、そして生態的な意味でも、奥村燐は悪魔なのである。

彼は故あって自身を人間だと思い込んでいたのだが、生を受けて15年目にして本来の性を自覚した。ここにいる皆様ならば、ご存じだろう、その際起きたささやかな"事件"は、あえて述べまい。ただ押さえておくべきことは一点、彼は"悪魔"を憎んでいる、それだけである。


奥村燐の朝は目を射殺さんばかりの太陽との戦いである。というよりも、本来悪魔は太陽の光が大概苦手だ。だが、彼は悪魔を憎んでおり、また、彼自身の悪魔的な部分も憎んでいるため、奥村燐自身は朝の倦怠感をSQの読み過ぎなどと主張している。
そのことは、彼が人間であった時、夜遅くまで喧嘩に明け暮れていた生活を送っていた過去があり、見た目的にも優等生とはとても見えないことや、同居している弟自身、多忙なこともあり、誰にも気付かれていない。

奥村燐は料理が得意であった。その類稀なる腕前はすぐにでもプロになれると称されたほどであるが、しかし、過去形である。
味自体、何か変化があるとは言えないだろう。何故なら、彼の作る料理を最も多く食す機会のあった1人である彼の弟は気付いていない。しかし、奥村燐の料理の才は確実に、青い焔が身を包んだ夜に失われたのである。
奥村燐は毎朝、僅かな小遣いの節約の為にも弁当を2つ作ることは一部では有名である。また、夕飯の多くも未確認ながら、作っているだろうと推察されている。そして、塾生にも振る舞われたことさえある。
しかし、そうであっても、彼の料理の才は失われたのだ。
彼は毎朝台所に立つが、一度だって味見をしない。それは、味見をしなくとも料理を作れるという自信の裏返しなどではなく、ただ、味見という行為をしても無意味になった、それだけなのだ。
奥村燐は悪魔であるからして人間の味覚というものを失ってしまった。
しかし彼自身は己の悪魔を憎んでいるからして認めることなど言語道断である。だからこそ、奥村燐は料理を作れなければならない。それも、万人においしいと言われるものを。今はただ、おいしいと称賛された記憶に忠実に、覚えている通りに作り続けている訳だが、彼はもう二度と新しい料理は作れないのである。

奥村燐は暴力的である。彼は幼い時よりそう称されることが多い。しかし、彼自身は理不尽な暴力を振るったことはないと、胸を張って言えるだろう。誰に理解されずともそれは、彼自身の倫理が拳を振るったのである。そしてそれは、彼の弟が、養父が、そして同じ屋根の下に暮らす誰もが理解していることだった。
しかし悪魔とは本来、そうした理性による行いを背徳へと導くものである。
どんな経緯であれ、学業に携われるならと、奥村燐は実は密かに胸を踊らせていたのは入学式だけであった。
同じ制服を来た人人人。柔らかい肌、温かい血潮、癖のある香のする脂肪に生命の躍動を感じさせる肉。
そのどれもが彼を誘惑し、不当で圧倒的な暴力でねじ伏せ、蹂躙し、壊せと囁く。
奥村燐は悪魔を嫌悪し、また、己の悪魔を嫌悪している。
そうした衝動に気付いた時点で彼は"普通"に学生生活を送ることを、諦めた。そしてそれは案外、簡単なのである。
彼は普段、授業に出ない。また、出ても人に関わろうとはしなかった。所謂"不良"と呼ばれるその行為は、彼が人間であった時と対して変わらなかったため、違和感無く、受けとめられた。唯一の例外が祓魔塾であり、彼はそこで、人間的な学生生活を送れるのである。



奥村燐はこのように徹底的に悪魔を憎み、嫌悪した。また、己の悪魔を殺すことを心がけていた。
何故なら悪魔がいなければ養父は死ななかったのであり、弟も危険な目に合わないのであり、誰も傷付くことはないのである。



奥村燐はある日、小さな猫の悪魔に手を差し伸べた。それは単純に、亡くなった養父の忘れ形見として殺すのが忍びなかっただけなのだが、それは案外すんなりと受容された。
可愛い猫の容姿が稚く思えるのだろうかと考えても、悪魔である。
しかし、悪魔を祓う立場である塾生も、あるいは講師ですらその猫を見て目を細め、頭を撫でた。
悪魔に養父を殺された弟ですら、猫を必要以上に構う。

奥村燐にとって、悪魔は倒すものである。
しかし、他者にとって、悪魔の中にも許される存在があることを、彼はその時知った。

・・・では、己はどうなのだろうか。

誰にも問えなかったその疑問は、案外早く、解決した。

悪魔を殺せ、と男が叫ぶ。

殺せ殺せ殺せ殺せ

どうやら己は、受容されない方の、悪魔らしい。
そう、燐は気付いた。
いや、はじめから気付いてしかるべきであり、実は気付いていないふりをしていたのかもしれない。しかし、そんなことを最早検証することは無意味である。
奥村燐は、存在を許されない悪魔である。
元は人間として生活していたとか、人間とされている双子の弟がいるとか、そんなことは関係がない。
存在を許されない悪魔は悪のすべての源であり、雨が降って運動会が中止なのも、誰かのテストの成績が悪いのも、養父が死んだのもすべて奥村燐という悪魔がいるせいなのである。

だけども奥村燐は、誰かに不幸を振りまこうとも、それは例え弟であっても、自分の消滅を願うことはなかった。

死が望まれるならば、死するよりも益があれば良い。彼は自覚して、サタンを倒す切り札となることを、容認した。


まさに、悪魔的な思考かと、彼は自嘲した。
奥村燐はまさにこの時、純然たる悪魔になったのである。



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