ひみつは甘い恋の味
※インターン中のお話。爆豪と夢主は両片想いっぽい設定です。
「は?」
「お?」
俺は現状がすぐには把握できず、間抜けな声を出してしまった。その声が、いつもの自分の声とは違う。そもそも驚いた顔をしてこちらを凝視しているのは──紛れもない自分自身の姿だった。
◇◇◇
「個性事故!?」
エンデヴァー事務所のロッカールームで、出久が驚いたように大声を出した。
「でけえ声出すなやクソナード!!周りに聞かれたら面倒だろうが!!」
「君こそだいぶ声でかいけど!っていうか轟くんの顔でその口調は違和感がすごい・・・・・・!!」
そんな呑気な感想を述べるクソデクを今すぐ爆破したい衝動に駆られる。クソ、今の姿じゃできねェ!!
「俺の声ってこんなふうに聞こえるんだな」
半分野郎もさっきからこんな感じで全く焦った様子はない。
「逆に轟かっちゃんは、いつもみたいに目が釣り上がってなくて見た目からして別人みたいだ・・・・・・!」
「キメェ呼び方すんじゃねェ!!」
何なんだ、こいつらは揃いも揃って。もっと焦れや!!
「けど、一体誰の個性で・・・・・・?」
「通りすがりの善良な市民だ。爆豪がヴィランの攻撃から守った時にその人が爆豪にうっかり個性を使っちまったらしい。『最初に目が合った奴と中身が入れ替わる』っていう個性だ」
あちゃーというような顔をするデクにますます苛立ちは募る。俺はただ、真っ当にインターンで与えられた任務をこなしただけだ。俺に落ち度はねえ!!
「それで・・・・・・その個性の解除条件は・・・・・・?」
「放っておけば戻るらしい」
「そうなんだ!いつ戻れるの?」
「それはかけた本人にもわからないそうだ。最大で24時間らしいからこのままお互いのフリして過ごすことにした」
「その方がいいかもね。明日はインターンも学校もないし極力寮の部屋で過ごせば誰にもバレないしね」
「あ」
急に何かを思い出しでもしたかのような声を上げた轟に顔を向ける。
「今日この後久遠と会う約束がある」
「え!?美琴ちゃんと!?」
デクが驚いたように声をあげる。こいつと美琴が?と怪訝に思っていると、轟は言葉を続けた。
「ああ。俺の家に来ることになってる」
「!?」
「ええええ!?」
──美琴が半分野郎の家に・・・・・・?
頭で理解すると同時に、想像したくもない光景が頭の中に浮かんでくる。
──男が女を家に連れ込んでやることといったら・・・・・・
「てめェブッ殺すっ!!!」
「ちょ、かっちゃん落ち着いて!!っていうか今入れ替わってるの忘れてない!!?自分を殺すことになっちゃうからね!!?」
そう言われて、俺は轟(外見俺)の胸ぐらを離した。殺すのは元に戻ってからだ。
全くもって意味不明かつ心底不愉快な話だった。けれど半分野郎のことだ。何か事情があるのかもしれないと思い直し、ここは一旦話を聞いてみようと俺は努めて平静な声を出す。
「ンであいつがてめェん家行くんだよ?」
俺の姿をした轟は俺の問いに目を泳がせた。自分では絶対に見せない表情だろう。
「俺の口からは言えねえ」
「あ?」
「わりぃ。でも言わねえって約束したから」
──美琴が内緒にしてくれっつって轟とこっそり会う・・・・・・?それも轟の家で・・・・・・?
先ほどの突発的な怒りとは違った、腹の底から煮えたぎるような怒りが湧いてくるのを肌で感じた。それに呼応するように身体の左側が熱くなる。
「か、かっちゃん!落ち着いて!左の炎漏れ出てるから・・・・・・!!」
デクに言われて、俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。そうすると炎も何とか収まった。事前にお互いの個性は使わないようにするという約束だったが、怒りに任せて自分の方が破ってしまうところだった。
「この後校門で待ち合わせて、俺の家へ向かうことになっている」
──その約束に俺が行けと・・・・・・?
「冗談じゃねェ!!日にち変えろや!!」
「それはできない。久遠の外出許可取るのに時間がかかる」
「そ、そんなに急ぎの用事なの?」
「・・・・・・ああ。それに急がないと久遠待たせちまう」
時計を確認すると、1時過ぎ。今日のインターンは午前中だけだったので、本来なら帰りの新幹線の中にいる頃だった。
「爆豪、頼む」
「・・・・・・チッ!」
何もかもが気に食わねぇ。けれど、今日轟と入れ替わっていなければ、こいつらはこっそり会うことになっていたわけだ。しかも轟の家で。
冷静に考えるとこの状況もそれよりは幾分かマシに思えてくる。それに轟のフリしてその約束とやらに俺が行けば、こいつらの秘密も明らかになる。
俺には首を縦に振ることしか選択肢は残されていなかった。
◇◇◇
「轟くん!」
轟のスマホでメッセージを送ってから校門で待っていると、すぐに美琴が寮の方から駆けて来た。心なしかその表情がウキウキしているように見えてイラッとする。
「・・・・・・おう」
轟のフリをしなければならないのはわかっているが、これがなかなかに難しい。いつもの口調で話せば、美琴に気付かれるかもしれないので、俺は改めて気を引き締める。
「行くぞ」
「うん・・・・・・?」
とりあえず事前に聞いていた行き方で轟家へと向かうことにする。雄英からは電車を乗り継ぎはするものの、そこまで遠くはない。後ろをチラッと窺い見ると、クソデクと俺の姿をした轟がこっそりついて来ている。目が合った轟(外見俺)はグッドラックとばかりに親指を立てている。イラっとしたが、これも打ち合わせどおりだ。元に戻った時になるべく近くにいた方がいいだろうという配慮だった。それと単に人ン家に行くのに本人がいないというのも色々と不安があった。
電車は週末の昼間ということもあり、そこまで混み合ってはいない。2人で並んで席につく。
「轟くん・・・・・・やっぱり迷惑だったかな?」
「あ?」
「さっきからずっと恐い顔してるから。私が無理やりお願いしちゃったし・・・・・・」
どうやら今回のことは美琴から言い出したことらしい。それが癪に障るが、声色には出さないようにグッと堪える。
「・・・・・・ンなことねえ」
「そっか、良かった!」
しゃべりすぎるとボロが出そうなので、どうしても口数は少なくなる。けれど、美琴が一人でにこにこ勝手に喋ってくれたので、俺は相槌を打つだけで済んだ。元々轟自体も口数が多いタイプじゃないので、美琴は特に違和感を覚えていないようだった。
──こいつ、轟の前ではこんなンなんかよ。
笑みを絶やさずどうでもいいような話を延々に続けている。体育祭以降2人の関係がぐんっと近くなったのは分かってはいたけれど、轟本人になって初めて感じたその近しい距離感にドロドロとした黒い感情が湧き起こる。
「また恐い顔してるよ?もしかして何かあった?」
美琴が顔を覗き込んでくる。その顔は轟のことを本気で心配していて。
──心配してんじゃねえ!!
そう反射的に叫びたくなる気持ちを抑えるのに苦労しつつ、俺はやっと口を開く。
「・・・・・・なんもねえ」
「・・・・・・そっか。でも言いたくなったらいつでも言ってね?」
そう言って、こちらを、安心させるような笑みを浮かべた。
──美琴らしい。
苛立ちを覚えながらも心の中の冷静な部分がそう思った。相手の懐に土足でズカズカ入り込んだりはしない。相手を包み込むような優しさで安心させる。美琴はそういう女だった。そういうことろが一緒にいて楽だったし、救われた部分もあった。今それが轟に向けられているのは気に入らねえけど。
「あ、駅着いたね」
「ああ」
2人で駅のホームに降り立った。轟の家へは一度行ったことがあるが、あの時は車だった。事前に頭に叩き込んだ道順を進んで行くと、覚えのある屋敷へと辿り着いた。
人の家に勝手に入るのには抵抗があった。後ろを振り返るとあいかわらず下手な尾行で2人がついて来ている。あいつらはこっそり屋敷のどこかで待機するらしい。
あいかわらずデケェ家だなと思いながら外門を通り抜けて玄関の扉を開ける。
「帰ったぞ」
いつもの癖でついそう言ったが、あいつが帰宅時になんて言うかは知らない。
──あいつの姉ちゃん家いるんか?
いなかったらそれこそ誰もいない家に美琴連れ込もうとしていたということで。殺す、絶対ぇぶっ殺すと心の中で呟いていると、あいつの姉貴が奥から現れた。
「お帰り焦凍。美琴ちゃんもいらっしゃい」
「冬美さん!今日は変なお願い聞いてもらってありがとうございます!よろしくお願いします!」
──お願いだァ?
どうやら轟の家に用事があったのは姉の方に会うためだということがわかる。
「全然!むしろ楽しみにしてたよ!それじゃあお台所行こっか!」
「はい!」
俺のことはそっちのけで、2人は奥の部屋へと向かっていく。まだ状況を掴めない俺はその場で立ち尽くす。どうしたものかととりあえず2人が向かった先へと足を向ける。台所兼居間へと続く部屋の扉を開けると甘い香りが鼻をついた。俺が中に踏み込むのを躊躇しているうちに中から話し声が聞こえてきた。
「時間あんまりないって言ってたからチョコ溶かしておいたの」
「わー、何から何までありがとうございます!」
そっと覗き込むと、ダイニングテーブルの上にはお菓子作りに必要そうなものが所狭しと置かれていた。美琴は持ってきたらしいエプロンを身につけ、轟の姉ちゃんと一緒にすぐに何やら作業を開始した。
「爆豪くん、喜んでくれるといいね?」
「どうでしょう・・・・・・あんまり甘すぎないようにしようとは思うんですけど」
「うんうん。せっかく作るなら美味しいって思ってもらえるもの作りたいもんねー」
「はい!」
俺はそんな会話を呆然とした心地で聞いていた。そういえば忘れていたけれど、明日はバレンタインデーだ。
──まさか、美琴は・・・・・・?
轟がやたらと隠そうとした理由も、俺には知られたくなかった・・・・・・?
全てを理解して、胸が高鳴った。身体中に血が巡っているかのように火照ってくる。俺は押し寄せるどうしようもない感情に翻弄され、それ以上はその場にいられなくなって部屋を出た。それと同時に急に目の前の光景にノイズが走った。
◇◇◇
ハッと一瞬宙に浮いた感覚がして、気が付くと和室の部屋にデクと2人でいた。
「轟くん・・・・・・?」
「誰が轟だァ?」
「かっちゃん!戻ったんだね!」
デクがほっとしたような表情になる。俺がここにいるということは、あのモブの個性の効果は切れたということ。今頃は轟も自分の身体に戻っているだろうと思っていると、当人が部屋に入ってきた。
「戻ったな」
「おう」
「気付いたのか?」
「あァ?」
俺はイエスともノーとも告げず、カバンを手に立ち上がった。
「帰るぞ」
「え?もういいの?」
何も知らないデクは、不思議そうな顔をしている。
「もうここに用はねぇ」
知りたいことは全て知れた。これ以上ここにいたら、どうしても顔が緩んでしまいそうだった。
こうして俺と轟の入れ替わり騒動は幕を閉じたのだった。