一緒にいてやってもいい
「あれカツキの幼馴染じゃねーの」
爆豪が隣を歩く連れの声にそちらに目を向けると、幼馴染の美琴が自分の知らない男と並んで歩いているのが視界に入ってきた。
2人は仲良さげに笑い合いながら校門の方へと歩いて行く。隣の男に向ける美琴の笑顔を目にした途端、爆豪は言いようのない気持ちに襲われた。
「幼馴染ちゃん、男できたの?」
もう一人の連れが爆豪に問いかけてくる。
──美琴に・・・男・・・?
爆豪が頭の中でその言葉を反芻する。と同時にこれまた表現できない感情が押し寄せる。
『女とつるんでんのなんかダセェ』
中学に入ってからも一緒に登校したがる美琴に気恥ずかしさも相まってそう告げたのは自分自身だった。
校内でも話しかけるなと言って遠ざけたのも自分自身。
美琴は学校では話しかけてくることはほとんどなくなったけれど、家が隣のよしみとか何とか言って勝手に家に押しかけてくる。だから2人の『幼馴染』という関係は途切れることはなかった。
爆豪の方が嫌がる素振りを見せようとも、美琴はいつもなんだかんだ爆豪の側にいたのだ。
「もうすぐ卒業だもんなー」
「この時期告白ラッシュよな」
「俺も彼女欲しいー!」
そんな会話も今の爆豪の耳には残らない。
もちろん友人達がいる手前顔には出さないけれど、今の爆豪は途轍もない後悔に襲われていた。
──あのモブ女に男だぁ??ふっざけんな!!勝手に男なんか作ってんじゃねェ!!
そんな理不尽な怒りがふつふつと湧いてくる。
2人はそのまま校門を出て行った。一緒に帰るのだろうか。付き合っているのなら自然なことだろう。けれど、爆豪にはそれは裏切られたような心地がした。
こんなことになるなら、ずっと一緒に登校しておけば良かったとさえ思った。
友人達2人は既に違う話題に移っていた。
「帰りゲーセン寄らね?」と誘われたけれど、全く気分が乗らないので断った。
友人達と別れた爆豪は、燻る苛立ちを胸に家路についたのだった。
◇◇◇
「かーつき」
扉の向こうから聞こえた幼馴染の声。帰宅後に何もやる気が起こらずベッドに寝そべっていた爆豪は身を起こす。
「んだよ・・・」
「入るね!」
「勝手に入ってくんじゃねェ!!」
美琴は爆豪の声を無視して扉を開けると、遠慮もなく中に入ってくる。
姿を見せた美琴は既に制服から私服に着替えていた。手には何やらお菓子を持っている。
「何の用だ?」
「これ、勝己の好きそうなお菓子たまたま帰りにコンビニで見つけたから」
『帰りに』という美琴の言葉に爆豪は校門で見かけた光景を思い出して、胸がざわついた。
美琴がこうやってお菓子を持ってくるのなんていつものことだ。文句を言いながらも、自分の好みを知り尽くしている美琴の持ってくるそれを爆豪が気に入ることは多かった。
今回のもきっと同じように爆豪の好みに合うようなものに違いない。
「・・・・・・いらねェ」
けれど、そのお菓子が別の男──しかも恋人かもしれない男と一緒にいる時に買われたものだと思うと、食べる気が全くしなかった。
「え?お腹いっぱい?」
「・・・・・・」
「勝己の大好きな激辛バージョンだよ?」
美琴は不思議そうにこちらに近づいてくる。パッケージを見ると、それはじゃが◯この期間限定激辛バージョンだった。勝己も以前に購入して食べたことがあり、とても気に入ったのを覚えている。
あの2人の光景を見てさえいなければ、何の迷いもなく美味しくいただいていただろう。
「いらねェ」
もう一度爆豪がそう言うと、美琴は拗ねたように口を尖らせた。
「えー・・・私別に辛いの好きじゃないのに」
わざわざ勝己のために買ってきたんだよ?と不満げな表情だ。俺が頼んでねェって言うと、まあそうだけどさ・・・とやっと諦めたようだ。
そこで帰るのかと思いきや、美琴はベッドに腰掛けてまだ帰る素振りを見せない。
「そういえば、勝己のクラスはお別れ会とかするの?」
「あ?」
いきなり話が飛んで訳がわからない。イライラしている爆豪の様子には全く気付いていない様子で美琴は話を続ける。
「もうすぐ卒業式じゃん?クラスで何かするのかなって」
「知らねえ興味ねえ」
「ひっど!」
爆豪の素っ気ない言いように美琴は苦笑いを浮かべている。
雄英に合格した今となっては爆豪にとって中学校生活は消化試合のようなものだった。
お別れ会などに誘われたところで行く気は全くなかった。
「私のクラスは皆で卒業式の後に集まることになったんだけど、それの幹事することになっちゃってさー。皆ワガママで大変なの!カラオケがいいだとかボーリングがいいだとか。今日もクラス全員が入れる場所を探しに下見に行ってきたんだよー」
途方に暮れたように項垂れる美琴に、爆豪は目を丸くする。
「一人でか?」
気が付けば、らしくもなくそんな──探るようなことを聞いていた。
「ううん。もう一人の男子の幹事と一緒にだよ」
あっけらかんとそう告げる美琴。そこには色恋が混ざる余地など一切ないように見える。
──くっっだらねぇ!!!
咄嗟に頭に浮かんだのはそんな言葉。自分に向けてなのか美琴に向けてなのかは爆豪本人もわかっていない。
けれどどこかほっとしている自分も確かに存在していて、爆豪はそんな自分に嫌気が刺した。
これじゃあまるで自分がこの女に特別な感情を抱いているみたいではないか。
「腹減った」
「え?」
「やっぱそれ寄越せ」
「ええ?」
美琴の手に握られているお菓子をぶん取った。美琴は「何なのよもう・・・」と呆れ顔だ。お菓子の蓋を開けて、中身を口に放り込む。
「おいしい?」
「普通」
嘘だ。本当は美味しいけれど、絶対に言ってやらない。半分くらいはさっきまでの憂鬱な気分の意趣返しだ。
爆豪の気のない感想に美琴はまた膨れっ面になる。
「てめェで食ってみろや」
そう言って、取り出した一本を美琴の口元へやると、反射的にかあーんと口を開いた。一瞬、胸がグッと疼いた気がしたけれど、気付かないふりで放り込んでやる。
「思ったより辛くないね!」
そう言ってもぐもぐと咀嚼を続けているうちに、余裕だった美琴の表情がだんだん崩れていく。顔がどんどん赤くなり、目尻には涙が浮かんでいる。
「か、から・・・・・・っ!み、みず・・・・・・っ!」
慌てて部屋を飛び出した美琴を爆豪は満足げな気分で眺めていた。
もうすぐ二人は高校生。春から同じ学校に通うことが決まっている。
美琴がどうしてもと言うなら、一緒に通ってやってもいい。
そう思えるくらい、今の爆豪は上機嫌だった。