番外編

ポッキーゲーム



「また甘いもん食ってんのか」

 部屋に入ってきて開口一番呆れた声でそんなことを言われて私は肩を竦めた。付き合うことになってもこの幼馴染の態度は全く変わらない。甘い雰囲気とは縁遠く、むしろ扱いが付き合う前より酷くなっているような気がするのは気のせい・・・?

「別に毎日食べてるわけじゃないよ?」
「ああ?昨日も食ってたじゃねぇか」
「一昨日は食べてない」
「屁理屈こねてんじゃねぇ」

 そう言って勝己はどかっとカーペットの上にそのまま座り込んでスマホを弄り始めた。

「今日はインターンだったの?」
「まあな」
「お疲れ様」
「・・・おう」

 お互いに同じ寮に住んではいるものの、ヒーロー資格の仮免許を取った勝己は授業にヒーロー活動にと非常に忙しい生活を送っている。かく言う私も個性救護資格の仮免許を取った後は同じように慌ただしい生活を送っているので、付き合うことになったとはいえゆっくりデートなんて夢のまた夢と言う感じだ。忙しくなくても勝己にデートという単語は似合わないんだけど・・・。

 だからか、こうして時間が合う時にお互いの部屋を行き来することが多かった。私の住んでいる階は私以外女子がいないのでなんとなく私の部屋で会う回数の方が多いって感じ。でも、付き合う前から―――というより寮に入る前のお隣さんだった時からそんな感じの関係だったので、付き合ったから特別にというわけでもない。

「はい、クッション」

 ベッドの上に置いてあったクッションを渡してやる。勝己は絶対にこの部屋では地べた以外に座ることはないので、わざわざ買ってきたのだ。本当はソファとか欲しいんだけどスペースがないから仕方ない。

「ん」

 受け取ると素直に尻に敷いている。私もお揃いのクッションを隣に置いてその上に座る。そしていつものように他愛もない話をする。と言っても話すのはほとんど私で、勝己は基本的に相槌を打つだけなんだけど。

「あ、勝己も食べる?」

 返事を聞く前に箱に残っているポッキーを取り出して勝己の口元に持っていくと、無言でぱくりと咥える。その仕草がなんだか可愛くて、つい笑ってしまう。

「何笑っとんだ」
「人には文句言いつつ自分は食べるんだ」
「うるせぇ」

 そう言いつつも私の差し出したものを律儀に食べるところはやっぱり好きだなぁと思う。まだあんまり恋人らしいことは出来ていないけど、こうやって一緒に過ごせるだけで十分幸せだと再確認する。もう1本あげようと袋からポッキーを取り出したところで、数日前にクラスの女子で盛り上がったある話題を思い出す。

「勝己、ポッキーゲームって知ってる?」
「ああ?」
「知らない?」
「知っとるわ!」
「嘘・・・絶対知らないと思ってた」
「舐めんな」

 勝己はああいう話題に興味が無いと思っていたので知っていること自体が意外だった。本人が興味なくても周りが盛り上がっているのを聞いたりして知っていたのかもしれない。上鳴くんとか峰田くんとか。

「でも詳しいルールとかは知らないでしょ?」
「知っとるわそんくらい」
「ほんとぉ?」
「やってみりゃわかるだろ」

 そう言うと勝己は私の持っている袋からポッキーを1本取り出すと、「おら」と私の方に向けた。え!?突然のことに驚いて思わず固まっていると、痺れを切らした勝己が「さっさとしろや」と不機嫌に言ってくる。マジでやるの?と半信半疑で私がポッキーを咥えると、「ぜってぇ負けねぇ」と言って勝己が反対側を咥える。その距離はポッキー1本分。思ったより近い距離に心臓がドキドキしてくる。なにこれ、めっちゃ恥ずかしい。ポリポリと食べ進めていくほどにお互いの距離は縮まっていく。チラッと勝己の様子を伺うと普段と変わらない表情だ。むしろ余裕ありげに見える。自然お互いに齧るスピードが落ちてくる。あと数センチで唇が触れるというところで私は耐えられなくなってポキッと折ってしまった。

「わ、私の・・・負け・・・だね・・・?」

 恥ずかしくて俯いていると、勝己が突然、私の顎を掴んで無理矢理上を向かせたかと思うと、ふいに唇に柔らかいものが触れた。キスされたと頭が理解する前にゆっくりと唇が離れていく。呆然としていると、「ざまぁみろ」と笑う顔が目に入る。

「な、なな・・・なんで・・・!?」

 付き合ってるのに何でも何もないのだろうけど、パニックになっている頭ではそんな間抜けな言葉しか出てこなかった。

「あ?誘ってたんじゃねぇのかよ?」
「さ、さそっ!?」
「こういうゲームだろ?」

 とんでもない爆弾発言に口をパクパクさせていると、もう一度顔を近づけてきた。私が思わずぎゅっと目を瞑ると、耳元でふっと笑う気配がして、今度は頬に軽く口付けられた。

「・・・今日はこんくらいにしといてやるわ。もっと警戒心持てや」

 そう言って勝己は下を向く私の頭をポンッと優しく叩くと、そのまま部屋から出て行ってしまった。

「えー・・・?」

 あまりの予期せぬ展開にドキドキが止まらない。残された私は恥ずかしさもあってしばらく動けなかった。


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