short stories | ナノ


Happy Birthday


桜の季節も終わりを迎え、新緑が瑞々しく街の景色を彩る5月。
梅雨に入るまでのこの時期は、日射しも柔らかく爽やかな風が吹き抜け、寒くもなく暑くもなく一般的に過ごしやすい季節として知られている。

……知られている、はずだ。

なのに、なんで俺はこんなクソ暑い中、家ん中でじっと美奈子の挙動を見守ってんだ。


『明日、バイト終わったら、真っ直ぐ帰ってきて』

余計なことなんて伝える必要はない、とでも言うような女らしからぬメールを寄越したアイツは、俺が視線で見守るその先で眉間にシワを寄せながら静かに、だが必死さを意図せずにも醸し出しながら料理に精を出している。

バイトを終えWest Beachに帰ってくるやいなや、先に作業を進めていた美奈子は
「そこのソファに座ってて。あと手出し無用」
と有無を言わさずといった様子でソファを指差し――そして、今に至る。

何をするのか聞かされていなかったが、どうやらメシを作ってくれるとのことらしい。

気持ちはすげぇありがてぇけど……アイツ大丈夫なんか?

勉強も運動もなんでもしれっとソツなくこなす美奈子の唯一の弱点、それが料理だ。
料理本を見ても、親から教えてもらっても、何をどうやっても上手く出来ねぇらしい。

――まあ、オマエって食べれりゃ何でもいいって感じじゃねぇから、失敗だって思うんじゃねぇ?

そう言いながら一口食った後のあの日の悶絶は今も記憶に新しい。

小さくククッと思い出し笑いが漏れた瞬間、キッチンの方から大きな音がした。

「お、おい大丈夫か?」
「……コウ、手出し無用って言ったよね?」

慌てて美奈子の方に行こうと立ち上がった瞬間、ワントーン低い声で歩みを止められた。

「お、おう」

その声色に完全に気圧された俺は、素直に元いた位置に収まった。

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