地平線に溶け始めたオレンジ色の光が部屋に差し込む頃になっても、琥一くんはまだ満足してくれない。
言っても言っても、ハイ次、と促される様はまるで千本ノックに挑戦している球児のようだと思った。
千個言い続けろ、なんて無茶苦茶なことは言われていないにしても、俺が満足するまで、なんてざっくりとしたゴールしか与えられていない今の状況はなんというか、さすがにもう……。
それに 『右足の中指の爪の形が好き』だとか、『背筋に沿って指を這わすとくすぐったそうに身体をよじる姿が可愛くて好き』だとか、こんなマニアックでどこか変態的なことしか浮かばなくなってきている状態だから。
――琥一くんに変態だと思われるのは、どう考えたってすごく嫌だし。
だからもう。
「も、もうこれ以上は……!」
「あ?全然足りねぇな?」
すげない言葉に打ちひしがれそうになりながらも、すがるように触れた逞しい腕。
なのに、わたしの気持ちを確実に知りながら、どこまで翻弄する気なのか、するりと抜けていく腕。
そのにべもない行動に思わず項垂れた瞬間、琥一くんの腕の中に引き寄せられた。
「ちっとばかし、意地悪が過ぎたか?」
「……ちょっとじゃないよ。めちゃくちゃ意地悪が過ぎてるよ」
「悪ぃな。でもまあ、数がどうとか内容がどうとかいうわけじゃねぇんだ」
そう言いながら耳元で小さく笑った琥一くんは、腕の力を強めた。
「美奈子が俺のことだけを考えて、俺のためだけに時間を使ってくれるっつーことが、なんつーか……すげぇ幸せに思えたんだよな」
だからつい意地悪し過ぎちまったんだよな、と照れくさそうな声で囁いて、名残惜しくも離れた身体から伸ばされた指先に、視線を合わせろと言わんばかりの強く柔らかな力が入る。
−−ああ、やっぱり。
いたずらっぽく笑う顔も好き。
胸の奥が暴かれるような艶めいた声も好き。
力強いのに、壊れ物に触れるように扱ってくれる繊細さも好き。
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に少しだけ震える指先も好き。
唇が触れる前に、ふわりと緩める目元も好き。
琥一くんの全部が大好き。
出会えてよかった。
これからもずっと一緒にこの日を祝っていきたい。
甘い痺れが全身を駆け抜ける直前、強くそう思った。