short stories | ナノ




「……ウ、コウ!遅くなってごめん」

美奈子の声に呼び戻され、目の前のテーブルを見ると美味そうな料理が並べられていた。

「おお、美味そうじゃねぇか」
「ホント?」

水を持ってきて俺の目の前の席に座った美奈子は、居住まいを正し始めた。

「コウ」
「おお、なんだなんだ改まって。冷めないうちに食っちまおうぜ」
「……いやまあ、それもそうだけど、言わせてよ」
「あ?何を」

美奈子は、自分のなのに覚えてないんだ、と苦笑いを浮かべながら壁にかかったカレンダーを指さした。

「ああ、そうか。今日……」
「そう。コウ、誕生日おめでとう」
「おう、ありがとよ」


「おお、美味ぇぞ!オマエ、すげぇな!」
「そう?良かった」
「おうおうおう、なんだなんだ。こんな時までえらいクールだなオマエ。すげぇ練習したんだろ?もっと威張っていんだぞ?つかむしろ威張れ」

なんでコウのほうがテンション高いの、とクールな顔した目の前のやつは一口大にしたハンバーグを口に含んだ。

「……まあ、練習はたくさんしたかな。コウを笑顔にしたいって、コウのこと思って作った」
「そうかそうか、オフクロの言ったことが役に立っ……あ?俺を笑顔に?俺のこと思って……?」
「そう」


――そういや昔よ、ウチのオフクロが言ってたんだけどよ。

確かあの日、こんな出だしで始めたんだったか。

――料理を作る相手がいるじゃねぇか?まあ自分でもいいし。とにかくよ、その相手をよ、笑顔にしたいって思い浮かべながら作るんだと。相手のことを思って作ることだな。そしたらよ、自然とうまく作れるようになったってウチのオフクロが言ってたぜ。


美奈子から真っ直ぐ向けられる視線を何故かそらせないでいる俺は、今一体どんな顔してんのだろうか。
思いがけず見つめ合う形になりながらも、なんとか絞り出した言葉はなんとも情けないものだった。

「オ、オマエ、何言って」
「何ってそのままの意味だけど」
「い、いやそのままの意味って、まずその“そのままの意味”ってのが分かんねぇ」
「好きだからだけど」
「はっ……?」

ハンバーグを切り分けていたはずのナイフとフォークが、俺の意志と関係なく皿の上に投げ出される。

いや、なんつーか。なんでそんなに冷静なんだ。
そういうことって、顔色一つ変えないで言う言葉か?

「コウのことが好きだから、美味しい料理を食べてもらいたくて練習したし、休みの日も一緒にいたくて遊びにも誘ったし、放課後も一緒に帰ったりした」
「……。」
「わたしはね、自分の好きな人以外にあんまり興味はないし、何かをしたいなんて思わない。ましてや自分の時間を使おうなんて少しも思わない」
「あ、ああ」

気の抜けたような俺の相槌に、美奈子はふっと表情を和らげた。
その表情の意味は相変わらず読み取れねぇけど、冗談だったわけでもねぇみてぇだし。
っつーか、俺の方だって冗談なんかにしたくねぇ気持ちになってるってのは……つまり、その。
そういうことだよな?

「まあ、いいや。いきなりだったし。今は、料理食べることに専念しよう。その方が、わたしも嬉しい。だから、ね?……じゃあ、改めまして。コウ、誕生日おめでとう」
「……おう、ありがとよ」

誕生日の夜の最初の感謝の言葉は、誕生日を祝ってくれた美奈子に向けて。
誕生日の夜の二度目の感謝の言葉は、自分の気持ちを伝えてくれた美奈子に向けて。

どこかこそばゆい気持ちになりながら、切り分けたハンバーグを心から味わった。


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