日もすっかり沈み、少し肌寒くなってくる時間のはずなのに、West Beach内は主にキッチン側から発せられる静かな熱気で渦巻いている。
だがその熱気を発している美奈子の気迫に、拭ったり仰ぐようなわずかな動きをすることさえ憚られ、汗は流れるがままだ。
しかし……美奈子って、女らしからぬっつーより、武士みてぇっつーか。なんかそんな感じだよな。
何度も失敗してきたうえ、あの日あんだけしょげてたんだから、ほっぽり出すこともまあ……しょうがねぇっちゃあしょうがねぇ。
だが、美奈子はそうはならなかった。
気概があるっつーか、意志が強いっつーか。
あの日に比べると、まだ危なっかしいが随分手際が良くなったような気がするし。
すげぇ練習したんだろうな、美奈子のやつ。
あの日――悶絶したあの日、むせ返りながら水を飲む俺に謝罪の言葉を口にした美奈子は、
「なんでちゃんと作れないんだろう……」
と普段はどんなことがあっても何を考えてんのかさっぱり分かんねぇくれぇクールなヤツが、わかりやすいほどしょげていた。
料理くれぇでそこまでって思わねぇこともねぇが、そういうのは他のやつがどうこういうもんじゃねぇし。
「んー、まあ、アレじゃねぇか?基本に忠実にやってみる、とか?……っつっても、オマエそれやってるよな」
小さく頷く美奈子に、だよなと思いながら、昔、オフクロに言われたことを思い出した。
「そういや昔よ、ウチのオフクロが言ってたんだけどよ……」
オフクロから教えてもらった言葉を刻みこむように頷く美奈子は俺にこう言った。
「ねえ、コウもそう思いながら作ってる?」
「おう、もちろんよ!まあ、たまにルカに腹立ってるときはちっと難しいけどな」
「ははっ。……そうか、わたし、自分のことだけで精一杯だったかも。コウ、ありがとう。頑張る」
そう言いながら笑った美奈子の顔は、当たり前だが武士なんかと全然違っていて……俺は少しの間表情を作れないでいた。