遠くの方で部活してる生徒の声が聞こえる気がするけど、耳に入ってくるのは痛いほどの静寂だけだった。
しばらく続いた静寂を、美奈子が涙声で破った。
「嵐くん、ごめんね」
「なんでおまえが謝るんだよ」
「だって、どうしていいか分かんなくて、それに決定的なことを言われるのが怖くて避けてしまってたから。嵐くんが何度もわたしに話しかけようとしてくれてたの分かってたのに……本当にごめんなさい」
頭を下げた美奈子は、下げた位置のまま気持ちを落ち着かせるように一つ大きく深呼吸して身体を起こし、涙を拭い美奈子自身の気持ちを話してくれた。
俺の部屋に来た時、すげぇ緊張してたこと。
だからいつもよりぶっきらぼうに接してしまったこと。
俺が言った言葉にドキドキしたけど、俺はいつもと同じ感じだったから一人でドキドキしてんのがバカみてーに思えたこと。
大抵一緒にいるのに、俺たちの関係性は何も変わらなくて、完全に友だちって思われてるって思ってたこと。
「だからキスされた時、パニックになっちゃって思わず引っぱたいて逃げちゃったの。わたしたち、付き合ってるわけでもないし、なんとなくそんな気分になったからキスした、って言われたらどうしようって思って、嵐くんを避けてしまってたの」
美奈子はあの時引っぱたいたほっぺたにそっと手を添えて、ごめんね、と呟いた。
「わたしもずっと前から嵐くんのことが好きだったの。だからキスされた時、パニックになったけど凄く嬉しかったのも事実。わたし、嵐くんのことが」
「だめだ、それ以上言うな」
二人とも同じ気持ちだった歓びが抑えきれなくて、思わず美奈子を引き寄せ抱きしめていた。
「おまえのことが好きだから、おまえと一緒にいたいんだ、この先もずっと。出来ることなら誰よりも一番近くに。いいか?」
美奈子は俺の腕の中で大きくこくんと頷いた。
そして、そろそろと背中に手を回し俺と同じようにギュッと抱きしめてくれた。
しばらくそうしていたら、美奈子が小さくあっと声を上げた。
「なんだ、どうした?」
俺の方を見上げた美奈子の顔が、少しずつ青ざめてきた。
「きょ、今日嵐くん誕生日だよね?」
「……あー言われてみりゃそうかも」
「嵐くん、ごめんね。まだ誕生日プレゼント買えてないんだ……」
ごめんね、を繰り返し、申し訳なさそうに伏せられた美奈子の目に少し残っていた涙を指で拭った。
「プレゼントなんかいらねー。それに、おまえとこうしていられること自体がプレゼントみてーなもんだし」
「あ、嵐くん……」
何が恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になった美奈子を見てたら、またあの時の衝動が蘇った。
いやでも、こうなってまたすぐにキスってのもなんか……。
「嵐くん、あの、あのね。キ、キスしてもいいかな?」
「は?」
「なんかよく分かんないんだけど、嵐くんが『こうしていられること自体プレゼント』って言ってくれたのが凄く嬉しくて、自分でもよく分かんないんだけど、キ、キスしたくなったっていうか……ダメかな?」
「……ダメじゃねーよ。ほら」
キスしやすいように目を閉じ身をかがめる。
美奈子がゆっくりと近づいてきてるのを感じたら、ぱっと目を開きニヤッと笑った。
「やっぱダメ」
目を丸くした美奈子を確認したら、両手を頬っぺたに添え、俺からキスをした。
美奈子からキスしたいと言ってくれたことがすげー嬉しかった。
だけど、恋人同士になってから初めてのキスは俺からしたかった。
ずっとずっと一緒にいられますように、という誓いのような思いを伝えきるために。
大好きな美奈子とこれからもずっと一緒に。
それが俺の一番の、一生のプレゼントだから。