「奏、泣くなよ。涙流してるのに笑顔って…変な顔になってるよ。」
「…失礼な。琉夏くんこそ、妙ちきりんな顔になってるよ。鏡見てきてごらんよ。」
俺たち、二人して変な顔になってんだな、っていうか、妙ちきりんなんて今時使うの奏くらいだよ、琉夏くんだって鼻すすってるじゃない、いい男が台無しだよ、なんて言いながら顔を見合わせて笑ったりして、夜が明けるまで一秒も無駄にしないように私たちは喋り続けた。
やがて、街が目覚める音が戻ってくる。
朝日がどんどん街を照らしていく。
そして、別れの時がやってきた。
すっと立ち上がる琉夏くん。
「じゃ、俺、行くね。」
ちょっとそこまで行ってくるから、みたいな感じで戻ろうとする琉夏くん。
「あ、そうだこれ。奏に渡しとかなきゃな。」
そう言って手渡されたのは、美ら海に行ったときに撮った二人の写真。
いつの間に現像してくれてたんだろう。
この写真は、琉夏くんは私の傍にいて私と一緒に時を過ごしてくれてたんだなってことが思い返すことが出来る宝物だよ。
「じゃあ、今度こそ俺行くね?奏、大好きだったよ。ありがとう。」
その言葉を聞いた私は、自分でも思いがけない行動に出ていた。
「ちょっと待って琉夏くん。」
気づいたら、琉夏くんの腕を引っ張ってキスをした。
最後だからじゃない、私がこうしたかったんだ。
「初めて奏から触れてくれた。」
驚いた顔をしながら、私が触れた箇所を琉夏くんが指でなぞる。
「私から琉夏くんに触れると消えちゃう気がしてさわれなかったの。短かったけど、楽しかったよ。ありがとう。私も大好きだったよ。」
琉夏くんは約束通り笑顔で消えていった。
それはそれはとても穏やかで綺麗な、今までで一番の笑顔を残して。
朝日が琉夏くんを溶かして覆い尽くしてさらっていったようだった。
暖かい光が残滓となって目を、記憶を、心を、優しく包み込む。
記憶に残る暖かさ。
この温度を私は忘れない。
悲しくなんかない、と告げた気持ちには少しだけ嘘が混じってた。
でもね、それ以上に琉夏くんと出会って琉夏くんとたくさん話して、気づかないフリしてたんだってことに気づけて、ありがとうっていう感謝の気持ちだけでいっぱいだったんだ。
ねえ、琉夏くん。貴方はまた他の誰かのもとにトリップしちゃうのかな?
私の知らない誰かのもとに行くなんて、ちょっと悔しいな。
けど、その時はその誰かを笑顔にしてあげてね。
ピピ、ピピピ…ピピ、ピピピ…。
いつもと同じようにアラームが鳴って、いつもと同じ朝が始まる。
琉夏くんが現れた日と変わらない朝日に包まれ、私は動き出す。
大丈夫、私は一人じゃない。
心からそう思えるから。
あの日撮った写真に向かって声を響かせる。
ここにはいないあの人まで届くといいな。
私はここで頑張るから。
スーツに着替え、ご飯を食べて仕事へと向かう。
玄関を開けるとそこには柔らかで綺麗な光に包まれた街が広がる。
その光は私を温かく包んで祝福してくれてるようで。
そう感じることが出来たことで、いつもと同じ光景だけど私の心は確実に変わったんだなって思った。
「それじゃあ、いってきます。」
ヒールの音を響かせ、私は光に包まれる街へと歩みを進めていった。