「あ、奏。おかえり。お風呂借りたよ。」
え…今、誰がおかえりって言った?
でも、この甘く透き通ったような声を聞き違えたりなんかしない。
何度も何度も繰り返し聞いている声だもの。
「琉夏くん!なんでいるの…。いなくなったんじゃないの…?」
「なんでって…その質問になんでがいっぱいなんだけど。」
琉夏くんは濡れた髪をバスタオルで拭きながら、私と目線が合う高さまでしゃがむ。
小さな画面で見慣れたはずの白のタンクトップと少し細めのジーンズ姿に見とれてしまう。
こんなに混乱してるときにでも、その着替えはどこにあったんだろうっていうことを考えちゃう私ってどうなんだろう。
「だって、さっき留守電に『奏…早く帰ってきて、じゃないと俺もう…消えちゃいそうだよ。』って何回も言ってたじゃない。」
「ああ、言ったな。確かに言った。」
「言ったな、だと…。はぁ?!なんでそんなこと言えちゃうわけ?ねえ、琉夏くん。私、本当に心配でたまらなかったんだよ。」
「だって、お腹空きすぎてさ。奏、帰り遅いし…でも、どうしても一緒にご飯食べたかったんだもん。ごめんごめん、許して。な?」
「だって、だもん、じゃない!ああ、もう…私、なんでこんなに振り回されてるの。」
「振り回されてるって、それは俺のセリフ。俺の方が奏に何倍も振り回されてるよ。今日の朝だって、俺の作ったホットケーキ食べないでさっさと仕事に行っちゃうしさ。まあ、そのおかげでお昼ごはんホットケーキだったから、奏に感謝だ。あ、ちゃんと奏の分は残してあるからな?」
「…お昼にホットケーキ食べれて良かったじゃないですか…。っていうか、今のセリフに振り回されてるっていう要素一個もないんですけど。」
「はは、バレたか。奏は鋭いな。まっ、それは置いといて。なあ、奏。今から海に行かない?」
「はぁ?!」
バレたか、とか、なんで急に海に行かないかって誘われてるのか意味分かんない、とか色々こんがらがっちゃってどこから突っ込んで言っていいか分からない。
どうやら、何も言わない私を琉夏くんは了承したと受け取ったらしい。
「奏、出かけるから着替えておいで。」