会社から家へは走って5分ほどの距離にある。
家が近くて良かった、と心の底から思った。
ヒールをカツカツ鳴らし、アパートの階段を昇る。
琉夏くん、どうか…。
お願い、いなくならないで。
カチャ。
鍵がかかってない…なんで?
「琉夏くん。ねえ、琉夏くん。いたら返事して。」
私の声だけが響く部屋。
足に力が入らなくなって、靴も脱がないまま玄関に座りこむ。
…あの日のことが今起きているかのように蘇る。
―『もう少し素直になれよ。そんなんじゃ、お前の周りから誰もいなくなるだけなんだぞ。』
―『ほっといて。これだけは変えられないの。そんなことばっかしか言わないんだったら、私の前からいなくなればいいじゃない。もう帰って。』
―『…分かった。』
耐えがたい記憶がよみがえる。
違う、私が本当に言いたかったのはそういうことじゃない。
出来れば、ずっとずっと一緒にいたかった。
添い遂げるつもりだった。
いなくなればいい、なんて本心じゃない。
ただの売り言葉に買い言葉だっただけ。
このくらいのこと言ったって、あなたは私の前からいなくならない。
そう高をくくってた。
でも、私はあなたは私の前からいなくなった。
そして何年かして、風の便りで私の知らない誰かと結婚したことを聞いた。
私は、また同じことを繰り返そうとしてるの?
本当に伝えたいことを何も伝えないまま。
本当に聞きたいことを何も聞けないまま。
もう二度と会うことはないの?