【第十四夜 無口な夜を追撃せよ】


「でさあ、おまえ自分がした事反省してないだろって僕が言ってんの」

「反省はしています…」


夜は更けた。紅覇さまのお部屋に呼び出されて急いで向かうと、部屋に入って第一声が"そこに正座"であった。
今日の迷子になった事を重ねて責めているのだ。そんなに言わなくとも、わたしだって紅覇さまと離れ離れになりたくなんかなかったのだから。仕方ないですよと心の中で反論してみる。



きっと心の声が紅覇さまにばれたに違いない。

「はぁ、ほんっとコーデリアって使えないよねえ!
ぼさっとしてないでさっさと僕の足マッサージしてよ。僕がどれだけ探し回ったと…。ああ、使えないんだから!」

そう言って寝台に腰かけていた紅覇さまは細い足でわたしのあごを蹴り上げた。
蹴られた箇所にあつい熱を感じながら、紅覇さまの足をマッサージするために立ち上がる。


「で、では失礼します」


寝台にごろりと寝そべった紅覇さまのお尻を間に挟むように膝立ちし、足のほうへと体を向けた。
寝衣から除く白くほっそりとした足は紅覇さまがおっしゃるように、むくんでいるようにはとうてい見えない。


右足に両手をかける。ふくらはぎにべっとりと垂らしたオリーブから抽出した液体は、ひんやりとしていて、その冷たさに紅覇様は喉の奥から高い小さな悲鳴を上げた。

「なにすんだよ冷たいだろぉ!?」

「申し訳ございませんっ、」

足をばたつかせて抵抗する紅覇さまに謝罪を述べてから、再びそのほっそりとした足に手をおいた。
両手に力をかけながら足首から太ももにめがけて手を動かす。

「はぁっ……ん、コーデリア、もう少し力抜けない?」

「了解しました。では、」

そのようなやり取りが幾度かあったのちに、紅覇さまは喉の奥から猫のように気持ち良さげな声をあげるようになった。ぬるぬると潤滑油替わりにつけたオリーブ油も、紅覇さまの足に馴染んできたようだ。

「紅覇さま、足の裏はどのように?」

「うーん、そのままコーデリアにまかせるよう。お前はやればできる子だからね」

桃色の髪の毛を揺らしながら紅覇さまはこちらを振り返った。甘そうなピンクをまとった唇から覗く、イタズラっぽい八重歯がさらに愛らしさを加える。
たまに見せる笑顔はこんなに可愛らしい。いつもの悪巧みをしているような笑顔なんかよりも、ずっとずっと素敵だった。


「紅覇さま、あの…」

「なぁに?」

「……いえ、やっぱり、何でもないです」

胸に湧き上がる感情は、口に出してもいいのか。きゅっと両手に力が入ってしまい、紅覇さまの足を力強く掴んでしまった。
ハッとした時にはもう遅く、紅覇さまはわたしを足で蹴り上げていた。しかし、それから次いでのお仕置きが下されることはなく、優しい瞳でわたしの顔を覗き込む。

「どうしたのぉコーデリア?」

「えっと、し、幸せだなって、思って」

「幸せ?」

「はい。紅覇さまと一緒に時間を過ごせて幸せだなって」

顔が熱い。きっとわたしは今、世界の何よりも醜い顔をしてるに違いない。
それなのに紅覇さまはわたしから目をそらさない。これなら、いっそ殴られた方がましだ。

「……なんだよそれ」

押し殺したような低い声。紅覇さまはそのままわたしの両目を左腕で隠して、後ろに押し倒した。
軋む寝台の音が、静かに響く。

そのまますっと伸ばされた左手の先は、わたしの脇腹。
捲られた服の下、一際輝く瓔珞牡丹に紅覇さまはそっと手を触れた。

「今度から発言に気をつけないと、僕、何しちゃうかわからないからさぁコーデリア」

暖かな指先は、わたしの瓔珞牡丹を幾度か撫でるとすぐに離れて行った。名残惜しさと気恥ずかしさで頭がぐちゃぐちゃだ。視界を奪われているからなおさら、わたしには見えない紅覇さまの顔が艶めかしく脳裏に浮かぶ。
きっと紅覇さまは笑いながら、わたしの首を締めるのだろう。何をするかわからない、なんて。きっと紅覇さまはあの時と同じように嫌悪の目をわたしに向けてそして、今度こそ。

再度、瓔珞牡丹の上に触れたのは、指先よりももっと暖かな何かだった。紅覇さまの吐いた息が肌を掠めた。

「コーデリア僕だって、一応はさぁ、」

その先の言葉は続かないままに紅覇さまはわたしの目から左手を外し、合わさった視線をほのかに赤らめた頬と共にさっと背けたのだった。