「ほらコーデリア、あんまりぼうっと歩いてると迷子になるよぅ」


市場には溢れんばかりの人がいた。長い一本道の両側にたくさん並んだ小さな店にはキラキラとさ綺麗な置物やお洋服が列をなしていた。


「紅覇様、どれも全部、素敵です…」

「あはは、きにいったものがあれば買ってあげるよ」


【第十三夜 爪先に滲む鼓動の色】


それはあまりにも唐突に起こった。わたしは紅覇様をのお守りするものとして(何より眷属の方にお願いされたのだから)その責務を果たそうと決めていた。

しかし目の前を踊る美しい異国の品々に目は移り、あろうことこきらきらのそれらに心を奪われて紅覇様とはぐれてしまったのだ。


ゆらゆらと街の中心から外れて、気がつけばポツンと森の中に佇んでいたこの状況。帰れるのかしら、よりも、紅覇様のことが心配で仕方なかった。
私の身など、どうなろうと構わないがもし万が一にでも紅覇様がお怪我をなさったら、いや、それこそ誘拐でもされてしまったら!

「こ、紅覇さまぁ…」

鬱蒼としげる森の中にか弱く響いたわたしの声に、木々がガサガサと音をたてる。
冷ややかに足元から吹き上げるような気色の悪い風に、背筋を震わせた。
振り返れば、それは風のせいで揺れるかすかな音ではなく、明らかに人為的に鳴らされているものだった。

(まさか紅覇様!?)

じいっとその揺れ動く草むらを見つめていると、ひょっこりと腕が伸びてきた。それは見慣れた紅覇様のものなどではなく、全く見知らぬ男のものだった。

身構えたわたしのその姿をみて男は光る眼を閉じ、次の瞬間には優しい笑みをたたえていた。


「お嬢ちゃん、迷子か?その……コウハサマと」

頷く。
紅覇様との言いつけは律儀に守らなければならないのだ。


「コウハサマのところまで連れて行ってやろうか。街まで出れば、まあ、出会えるだろうよ」


「……ありがとう、ございます」

地面に向けて吐いた言葉を男は拾い上げて、さあこっちだとわたしの手をとった。
暗く茂る森の中がほんの少しだけ明るくなった。





「ッチ、コーデリアのやつどこ行ったんだよ」

気がつけば、繋いでいた手をすり抜けて風に運ばれて行ったかのように忽然と姿を消していた。護衛だなんだといっていた割には世話の焼けるコーデリアに対してふつふつと腹の奥から痛みがわく。見つけたら、ただじゃおかない。首でも締めて泡を吹くまで苦しめてやらなきゃ気が済まない。


市場を数度往復し、それでもコーデリアをみつけきれなかった。
いい加減、足が痛くなってきた。さんさんと光る太陽に、肌がヒリヒリと焼けるその感覚が、さらに気持ちを増幅させた。


「っ紅覇さま!」

怒りが頭からつま先まで地震を支配したその瞬間、細く響いた声は紛れもないコーデリアのもの。
市場の脇の、深い森から頭に葉っぱを載せて、涙目でこちらに駆け寄るコーデリアをみると、先ほどまでの怒りは何処へやら。しかし、安堵した表情をみせるのは少しだけ、楽しくない気がして。

葉っぱのついたその頭を思いっきりに叩いた。


「おまえどこ行ってたんだよ!」

「紅覇さま、ご無事で何よりですっ…」

「それは僕のっ…、いいから帰るようっ!」

そこでコーデリアの後ろにもう一つ影があることに気がついた。見慣れない男、そいつに一つ会釈をしたコーデリアは再びこちらへと向き直った。


「…まさか、」

「あの方は親切な方です。わたしのことをここまで案内してくださいました」

「喋った?」

「……ほんの、少し」

罰の悪そうに顔を歪めたコーデリア。馬鹿正直に真実を話すコーデリアにどう使用もない苛立ち。だって、隠せばいいじゃないか。それなのにこいつは、コーデリアは!


「まあいいや。とりあえず今日は帰るよ」

ギッとコーデリアの二の腕を力強く掴んで、禁城へと続く道を引き返した。