「ねえ、コーデリア。お前、街にでたいとは思わない?」

紅覇様の提案は突然であった。
黄金色の朝日がやんわりと煌帝国全土を照らす。
最近暑さを増してきたにもかかわらず心地の良い空気が窓から流れ込んでわたしたちの頬を撫でる朝のこと。

わたしはお食事の用意をしていた手を止めて紅覇様に向き直った。


「街、といいますと市場や寺院に出かけても良いということですか?」

「そうだよ。それ意外に何があるっていうのぉ」

「い、いえ!あまりにも動転していたもので……」

「…そっか。お前はずっと閉じ込められてたんだったね」


その一言で、わずか数ヶ月前のことがすべて鮮明に脳内に再生される。わたしは一国の姫であり、救国の生贄のために生まれてきたのだ。あの恐怖に苛まれた日々と、紅覇様と出会ったあの晩のこと。
わたしは気づかれぬようぎゅと下唇を噛んで視線を逸らした。


「コーデリア、おいで」

心情を察したかのように紅覇様はわたしに優しく声をかけてくださる。薄桃色の髪の毛をほのかな黄金色に輝かせながら笑う紅覇様はいつもとは違う美しさを併せ持つ。


「コーデリア最近はよく働いてくれていたからねぇー。だから……。
お前、僕と一緒に出かけたいか?」

「もちろんです!あの、わたしなんかが紅覇様の隣に立ってよろしいのでしたら、ぜひとも!」

「あははっ、じゃあ決まりね」



【第十二話 透ける心臓も思い出せない】



「コーデリア、準備は大丈夫ぅ?」

「はい!完ぺきです」

「うん。なら行こっかぁ」


弾んだ声でおっしゃる紅覇様の顔は残念ながら太陽の逆光で見えなかった。

差し出された右手のその意味を理解するまでに数秒の時間を要し、わたしが紅覇様の手と自身の手とを絡ませるまでにどうやらわたしはまた紅覇様を怒らせてしまった。

紅覇様にみたてていただいた赤い服の袖口をぎゅっと後ろに引かれ、バランスを崩したわたしは危うく地面に倒れこむところだった。

「今日は機嫌がいいから許してあげるけど、次はないからねぇ?」

「は、はい。……それと、紅覇様、あの…手」

「手?…ああ。僕と繋ぐのそんなに嫌だったんだ。じゃあ離すよ」


ぱっと意地悪く笑って紅覇様はわたしの手を振り切ってさっさと足を進めた。
紅覇様の背の如意練刀を目指して駆ける足音はわたしのものだけ。今日はお付きの者はわたししかいない。



「紅覇様!危ないです、1人で行動をなさらないでくださいっ…」

「コーデリアはいつから僕に指図できるようになったんだよ。それに外にでたことないのはそっちでしょお?」

「ぅ、しかし、わたしは紅覇様をお守りしろと眷属の方から直々にお願いをですね、」

「喋ったの?」

「え?」

急に立ち止まった紅覇様はパッと振り向いてわたしを睨みつけた。それはいつだったかわたしに向けられた恐ろしいほどの冷たい瞳。

「ひ、筆談を…少々」

「ふぅん、そっか。ならいいや」



途端、興味をなくした猫のように気をころりと変えて声をあげて笑う紅覇様。桃色の髪の毛が風にふわり揺れる。



やがて耳に届き出した人々の声。商人の威勢のいいものや、少年が何か張り上げる声。わくわくと、心が踊る。街には始めていくのだ。
城の窓から幾度となく見下ろしたあの風景のなかに、わたしが溶け込む日がきたのだ。

「コーデリア?どうかしたー?」

「い、いえ!」


ぼうっとほうけていたわたしの頬っぺたを一発叩いて紅覇様は悪戯っ子のような可愛らしい笑みをたたえると、ほらいくよとわたしの手をとったのだった。





(続きます)