わたしが煌帝国に来てから早数ヶ月。
季節は暑さをまして来ていた。


夜。紅覇様と共にお食事を取り、部屋をあとにしようと立ち上がった時、紅覇様は思い出したようにそういえば、と声をあげたのだった。

「コーデリアにしてあげたいことがあるんだぁ。お風呂はもう済んだ?」

「はい、先ほど入りましたが…。
してあげたいこと、って何でしょうか?」

「言うよりやる方が早いんだよ。ご飯片付くまで少し待っててー」


にっこりと笑った紅覇様はそのガラスアイのような透き通った瞳を細めてわたしの頭を撫でた。


【第十夜 あたしのハァトを食べちゃって】


「じゃあ両手を前にもって来て…祈るみたいな感じで!」

「こうですか?」

「上出来だよ」

紅覇様はどこから取り出したのか、わたしの手首にハンカチを巻きつけその上から麻縄をきつく縛り付けた。
身動きの取れなくなったわたしの両手と笑う紅覇様の顔をわけがわからなくて見比べていれば寝台に腰掛けてと指示がでた。

「あの、紅覇様!これは一体…?」

「別に何もしないよ。ただちょっといたいだけだから」


小首をかしげて我慢できるよね?と言われてしまえばその笑顔の前でNOと言える人間などいるのだろうか。
心に生まれた不安をすり潰すみたいにゆっくりと大きく首を立てにふった。


「コーデリア少しだけ服捲るよ?」

「ま、捲る!?」

「うん。ちょっとだけだよー」


そうしてわたしの脇腹が紅覇様の前に露わになる。
恥ずかしさのあまり紅覇様から顔を背けるも、今回ばかりは何の罰もなくそのまま真白い寝台のシーツをただじっと見つめた。


「コーデリアは僕のおもちゃの中で本当に可愛らしくて本当にいい子なんだよ。そんなコーデリアに、ご褒美、あげる」


蝋燭の火を近くにおき、その小さなオレンジの炎で黒い塊を燃やす。ほんの少しだけ香る空気の焦げた匂いがわたしの鼻をくすぐるとき、紅覇様はコーデリアとわたしを呼んで、うつ伏せに寝台の上に押さえつけた。


「ちょぉっと我慢してね〜」

途端、ジュッと肉の焦げる音がした。数瞬遅れてびくりと反応した私のからだ。
むき出しにされた脇腹あたりに酷く鈍い熱がじわじわと、外側から体内へと入ってくるような感覚。


「う、ああぁぁあぁ!!」

「!?コーデリアっ?そんなに痛かった?」

慌てて脇腹に押し付けていた黒の塊を地面に投げ捨てた紅覇様はわたしの顔を覗き込む。
驚きと痛みで涙の流れる私の顔はきっと醜く歪んでいた。

「ごめんねコーデリア。でも、終わったから。みて御覧、これが僕のお気に入りの証だから」


ぐちゅぐちゅに爛れた皮膚はある形をかたどった風に赤く腫れ上がっていた。その上を愛おしそうに指で撫でながら紅覇様は言葉を続ける。

「これはね、コーデリア。瓔珞牡丹(ようらくぼたん)を象ってるんだよ。綺麗でしょ?」


手の麻縄を解きながら、紅覇様は私の涙に濡れた顔を直視した。
何を思ったのか、流れ落ちるその涙をひとつ舐めとり、身体に両腕を回して抱擁して来た。

「瓔珞牡丹の花言葉はね、従順。コーデリアにぴったりだ」

よしよしと子供をあやす様に紅覇様はわたしの背中をポンポンと叩く。
いつの間にか痛みも和らぎ、紅覇様の桃色の髪の毛に顔をうずめていた。優しい甘い香り。紅覇様の纏っている、わたしの大好きな匂い。

「紅覇様、わたし」

瓔珞牡丹、従順。紅覇様はわたしに何を期待してるかなんて、わかりきってる。

「わたしは、もし許されるなら、紅覇様と共に…ずっと一緒に居たいです」

「本当に?僕はまたお前を殺してしまうかもしれないよ」

「それでも。紅覇様がわたしを食べてくれると仰るのなら、かまいません」

「……。おまえは本当に、もったいないや。おいでコーデリア。」

「はい、紅覇様」


夜は耽る。身体に消えることのない刻印を刻まれた隷属化したわたしとそれを暖かな目で見下す紅覇様。
歪でも、汚らわしくても構わなかった。わたしは紅覇様の腕の中で優しい香りに溺れて意識の波を緩やかに手放して行くのだった。




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瓔珞牡丹は別名華鬘草(けまんそう)
と呼ばれる中国原産の薄紅色の花です。
毒草で食べると死に至ることもあるんだとか…。
この話のモチーフ的な感じで使わせてもらいました。