紅玉様がお部屋から出て行った。
私はぼんやりと部屋の中を見渡しながら考えた。もしかしたらわたしは紅覇様の手によって今度こそ殺されてしまうかもしれない。

不思議なことにもう痛みのない足の傷。そっとそこを撫でていたら声がかかった。紅玉様の従者であろうあの男性の声だった。


「娘、私はお前を助けるつもりなどなかったんだ…。姫君に感謝するのですよ」


「ありがとうございます。でも、わたしは、あそこで死ぬべきだったのかも、しれませんねぇ」

「せっかく助けたのにか?ならば望み通り殺して差し上げようか」

「いいえ。わたしを殺すことができるのは紅覇様だけですよ」

「………愚かな奴め」


しんみりと部屋に響く二つの声。わたしは、今もこうして言いつけを破っている。もうどうにでもなれ、ということだ。


ひとつ、大きく息を吸い込んだ。
バタバタと遠くから聞こえてくる足音に、どこか安らぎを感じながらわたしは疲れた体に引きずられるように瞼を閉じた。


【第九夜 柔らかい殻が離れないので】

「コーデリア!大丈夫だった!?」


がばりと体を持ち上げられた。目を開ければ額に汗を浮かべた紅覇様のお顔。

「紅覇様?」

「うん、僕だよ。お前を本当に殺す気なんてなかったんだ。紅玉がいなかったらと思うと…!」

「紅覇様、お顔をあげてください。わたしは無事なのですから、笑ってください」


そう、紅覇様には、笑顔が似合うのだ。美しい白い指先がわたしの頬にふれる。まるで死んでいるかのように冷たい紅覇様。
その指先にわたしの手を重ねる。大きく見開かれたガラスアイのように透き通った瞳と濡れた睫毛、この方のすべてが今わたしに向いていることが限りなく嬉しかった。


「ごめんねコーデリア」

「付き人さん、心配しないでいいっていったでしょお?」

にっこりと背後で笑う紅玉様。彼女と紅覇様の笑顔はどことなく似ていた。

「歩ける?コーデリア」

「はい、大丈夫です」


起き上がって紅覇様に支えられながら廊下に出た。
わたしは紅覇様がもう信じられないくらい極端な二面性が恐ろしくも愛おしかった。


***


部屋は薄暗かった。
わたしを招き入れた紅覇様はわたしの体を強く抱きしめた。


「ごめんね、たまに…自分がわからなくなる時があるんだよ。ごめんねコーデリア」

「紅覇様、気を落とさないでください。わたしは紅覇様のものです。たとえあなたに殺されようとも恨みはしませんよ」


「お前は本当に、いいこだね」


優しく目を細めた。
紅覇様は今、なにを考えているのかしら?こんなにも優しいお顔で笑えるこの少年は一体心の中になにを抱えているのだろうか。


「紅覇様、前に一度、わたしに生贄として生まれてくるとはどんな気分かと尋ねられたのを覚えていますか?」

「…覚えてるよ。地獄のようだと」

「ええ。地獄のようでした。だって、いつか死ぬのですよ?得体もしれない魔物に喰われて。
でも今は、いつか死んでも、それがご紅覇様の手によって終わらせていただけるのなら、わたしはなんの不満もございません」

「コーデリア…!」

するりと紅覇様の手がわたしの体から離れた。
暗くなった夜空。浮かんだ三日月はわたしたちが始めてあったあのよるの魔物のように怪しくかがやく。あの月に、食われてしまうんじゃないだろうか。


「コーデリア、今日は僕と一緒に寝ることを許可してやるよ。一緒にいてくれる?」

「もちろん」

「寝首をかくかもよ?」

「差し出します」


緩やかにすぎる夜は、とても歪んでいた。紅覇様がわたしにここまで優しくしてくださったのは、これが初めてかもしれない。
できれば、この優しい歪な夜が開けませんようにとそっと祈った。