火照りを冷ます意味で、部屋から抜け出して縁側に膝を降ろしながら星を見上げていた。そういえば以前も、いつかは忘れてしまったが。こうして夜空を見上げていた時、佐助に「星が綺麗だ」と言えば、呆れたように「そういうのは女の人に言ってくれよ」とため息をつきながら言われた。その後はお館様よろしく鉄拳をくわえてやったが、その後も「どうせなら女の肩を抱きながら」などとほざいていたので、「減給だ!」の一言で黙らせた。俺が何かを言うたびに、あ奴はああやって破廉恥な方面にしか持っていかぬ。それが、面白くない。
 嫌な事を思い出し、顔を顰めながら星空から目を逸らせば視界に影が動いたのが見えて目を瞠る。すっすっ、と足音を立てないようにこちらに近付いてくる人影に目をこらしてみれば、女中などよりも少し洒落た物を着ている女子が見えた。誰だ、と思ってる間にもどんどんとこちらに近付いてくるが、一向に俺に気付く気配がない。何かを運んでいるらしい女子は、膳を両手で持ちながら近付いてくる。何を、とは言わずともわかる。戦に勝ったので、家臣や兵士一同陽気に宴を行なっているのだ。無礼講だ、と叫びながら酒をあおる姿に少し疲れたので部屋を飛び出してきた。それに佐助はまだ任務に出ておるし、俺だけこうも騒いでいる気分にもなれなかった。

「そなた…?」

 女子はどうやら俺に気付いていないようで、一つ声をかけてみれば伏せがちだった目を見開いて急に立ち止まりこちらを見た。その視線も中々定まらなかったが、だんだんと目の焦点を俺に合わせた。そして唇をわなわなと震わせながら「あ…」と声を洩らした。

「真田…幸村、様…?」

 眉を寄せながら、目を凝らすようにしてこちらを見ている彼女に頷きながら「ああ」と返せば、突然その場に膳を置いて膝をつけた。膳の上には綺麗に漆塗りされている盃と銚子が乗っていた。やはり、あの宴の間に持っていくのだと確認しながらまだ頭を下げている彼女を見る。

「申し訳ございませぬ…その、まさか人がいるとは、思いもせず…」
「構わん。が、その酒を頂こう」
「は…?何とおっしゃられます?」
「その酒を、これに」

 己自身、何故そのような事を言ったのかはわからなかった。だが気付けば俺は盃を手にしながら、それを彼女の方へと向けていた。一瞬呆けたような顔をしていたが、すぐに彼女は銚子を手に盃に少しずつ注いでいった。銚子が離れたことを確認して、注がれたそれを一気にあおった。火照りを冷ましにきていたはずなのに、どうしてまた酒を飲んでいるのか。まあ、良いか。
 また盃を彼女の方へと向ければ、何も言わずに酒を注ぐ。銚子が離れたことを確認して盃を覗き込んでみれば、そこには満天の星空が映りこんでいた。そこではたと、佐助が以前言っていた言葉を思い出した。何故今このような事を思い出したのかはわからぬが、一度咳き込んでまた星空を見上げた。

「…星が、綺麗であるな」

 そう言った後に、何故か無性に恥ずかしくなった。決して。佐助が思っているような、やましい気持ちがあった訳ではないのだが。全くないとは…言い切れないのだが。何も言わない彼女に痺れを切らして、横目で覗いてみれば彼女は少し目を見開いてこちらを見ていた。だが俺と目が合って、すぐに目を逸らして苦しい笑みを作った。

「はい。星は…綺麗ですね」

 微笑みながらそう言う彼女に、何かの含みを感じて目が離せなくなった。微笑んでいた彼女であったが、ずっと見られている事が煩わしくなったのか眉を寄せながら目を逸らした。

「星、は…?」

 問うと、彼女は何も言わなくなってしまった。が、小さく息を吐く音が聞こえたと思えば彼女は星空を見上げていた。

「今日の星は、綺麗なのでしょうか…」

 小さく呟いた言葉に、我が耳を疑った。意味が分からずに、目を大きく見開いて瞬かせながら彼女を見ていれば、彼女はゆっくりとこちらに振り返って弱々しい笑みを作った。

「意味が、よくわからんのだが…」
「実は、私…目があまりよく見えないのです」

 ようやく合点がいった。こちらに向かって歩いてきている時も、彼女は気付いていなかったのではなく、見えていなかった、が正しい。だからこそ声をかけたときのあの怯えようも、確認するように呟かれた俺の名も、納得がいった。人には色々な不自由を持ったものがいる、とは聞かされていた。目が見えない者がいるというのも、不思議な事ではあるまい。だが、この星空を見ることが出来ない、というのは少し心残りな気がしてならなかった。

「そう、であったか…」
「幼い頃は見えておりましたが、歳を重ねると共に目が見えなくなってきました。いつかは完全に見えなくなってしまうやもしれず…今でも、幸村様のお顔がぼんやりとしか確認できません」

 ぼんやりとしか見えないのでは、戦では通用すまいな。だが彼女は女子である故、何も戦場にて戦うこともあるまい。すぐに戦に結び付けてしまうところが、佐助に言わせてみれば「戦馬鹿」らしい。それの自負はある。
 寂しそうな彼女の顔を見て、目が見えないとは一体どういう世界なのだろうか。とてもではないが、想像もつかなかった。ただ今見えているものが見えなくなるというのは、どこか絶望の淵に追いやられているような気持ちになった。
 まだ寂しそうな顔をしている彼女を見て、さっきまでの考えを飛ばすようにニ、三度頭を横に振って酒を一気にあおった。そしてもう一度彼女の方へと盃を伸ばす。

「覚えておこう」
「…はい?」
「そなたが見えぬこの星空を、某が覚えておこう」

 そなたの、代わりに。決して同情から出た言葉ではなかった。何故自分がそんな事を言ったのか、それはわからなかったが口からいつの間にかすべり落ちていた。彼女は何も言わぬまま、盃に酒を注いだ。ただその手が少し震えていて、盃を通してそれが伝わってきた。いつかその震える細い手首を、掴めることが出来たなら。そうできたなら、彼女は何というのだろう。

「…そなたの名を、聞いて良いか」

 震えが止まり、盃を見つめていた彼女はゆっくりとこちらを見た。しばらくして綺麗に口角を上げた彼女は、少し頬を赤く染めて小さく頷いた。何よりも輝く綺麗な星を見つめながら、俺は目を細めた。


星屑で縫い合わせて敷き詰めるように、きみは魔法をかける


111223

星を泳ぐ魚様に提出
素敵な企画ありがとうございました。
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -