小説 | ナノ
三月になったというのに、季節は春になったり冬に戻ったり落ち着かない
暖かくなったと思ったら、急に寒くなる
時折、今を進んでいるのか過去に戻っているのか、夢なのか現なのかわからなくなってしまう...そんな日々が流れていく
しかし、やはり春は着々とこの地に根を下ろしているようで、梅はさき...散ってゆき、桜の木には蕾がちらほら飾り付けられている

そう...、早咲きの桜はもう芽吹いて花開くのもあと少しもう少し...
そんな三月十四日のホワイトデーに、彼らはおおきな変化のうねりの中へと、桜の花びらがゆるりゆるりと木の枝から引き離されて地面に向かっていくように、ゆっくりゆらゆらと引き込まれていく

しかし、彼らにはその運命とでも呼ぶべき必然を知るすべなど持ち合わせてはいないのだった


***


暖かい日差しのなかで、宿屋の縁側に寝転び大きく伸びをする
ただでさえ縦に長い彼の体が小さめの縁側を占領する
木目の綺麗な縁側は今は彼の青色の着物で染まってしまっている

旅の途中、宿屋での休息を堪能しているこの男の名はガブ
旅は道ずれ世は情けとはいうが、何かの縁により巡りあったものたちと共に気の向くままに旅をしている

ガブは寝返りを打って眩しい太陽の光から逃れるともう一眠りしようと目をつぶる
うすく寄り添ってくるその光は瞼の裏をすかして暖かいオレンジの光を眼球の前に写し出す
綺麗な赤に近いようなオレンジの光は愛しい彼女の綺麗な髪を思い出させた
無性に照れ臭くなって、がばっと起き上がると閉じたばかりの目を開く

すると丁度前から人がこちらに来ていた
暗く光る紅い髪の女の人は側に一緒にいた男の人に大きな日傘をもってもらって、不自然にできた大きな丸い形をした影の中に器用に肌の露出している部分を全て仕舞い込んでいる

「せっかくのいいお天気なのに傘なんかさしてもったいねーことすんなー」

縁側に胡座をかいて座っているガブは大きな日傘に目を向けていった

ガブが妙に馴れ馴れしく語りかけたのは、この二人とガブが知り合いだから
いや、知り合いと呼ぶのはよそよそしすぎるかもしれない
なぜなら彼らはガブと共に旅をしている仲間なのだから
日傘のなかに隠れている妖艶な雰囲気をまとったその女性の名は花束、一緒に連れ添っているのは彼女の世話役兼用心棒の左助である

花束はガブに微笑みを向けると兄さんにはわからないでしょうね、と呟いた

「それより兄さん、バレンタインのお返しはディーラさんに差し上げたの?」

半ば責めるような語気で言ったのは、ホワイトデーまで今日を含めてあと3日というのにガブが朝からこの昼過ぎまでずっと縁側でゴロゴロしてばかりで一向にバレンタインのお返しのことなど考えていない風だったからである
ガブはその言葉にふて腐れたような深いため息で応じた

「...最近また忙しいみたいで全く連絡がつかねーんだよ」

舌打ち混じりにそう吐き出した
ガブの想い人である女性、ディーラは多忙な人で連絡がとれなくなることも珍しいことではない
これまででだって、よくあったことである
しかし、いつもなら忙しくなる前には必ず一言くれるのに今回はそれがなかった...
それがガブに不吉なことを予感させるのであった

ガブは自身の感じている不安を振り払うように再び花束たちに背を向けて寝転んだ
悪いことを考えれば考えるほどにそれが現実になってしまいそうで恐ろしかった

「ちょっと...兄さんっ、なに寝転んでるの」

花束は縁側に肘をたてて横になっているガブの耳を思いっきりつまみ上げて無理矢理上体を起こした
いででででっというガブの情けない悲鳴が響く
引っ張られて赤くなった耳をかばいながらばっと振り返る

「なにしやがんだ!いてーじゃねーかっ」

ガブは怒鳴りながらも花束の手から逃れるように上体を起こしたまま後ずさる
ガブが起き上がったのでそれでよしとして、花束はガブが後ずさったことによって空いたスペースに腰かけた

「事情は分かったけれど、やっぱり贈り物はちゃんと用意しておくべきじゃないかしら」

縁側から見える垣根の向こう側を歩く人々に何気なく視線を向けながら、もし突然会えることになった時に何も用意してませんっていうんじゃ格好付かないでしょう、と諭すように付け加えて言った
ガブも確かにそうだと思ったらしく、すこし黙る
何かを考えているようだったがやがていい考えが浮かばなかったのか、弱音を吐く

「それにしたって何を贈ればいいんだ」

髪飾りは去年のお返しの時に贈ったし、いくつあっても困るものではないだろうがやはりどうせなら違うものを贈ってあげたい
服にバックに靴なども思い浮かべてみたが、彼女が一番輝いて見えるのは軍服に身を包んでいる姿だとガブは思っている、それに仮に贈ったとしても仕事で忙しく休日もなかなか取れない彼女が身に着けられるときなどそうそうないだろう
それに女の人が好む服などガブにわかるはずがない、ディーラと会うときも軍服姿が多いので彼女の好みも残念なことにガブにはわからない

『それならガブにぃ、あたしにいい考えがあるよ!』

いきなり空から声が聞こえてきたと思ったら、縁側にいた三人の頭上を黒い影が舞って、目の前に綺麗に着地して見せた
最近温かくなってきたからと肩につくかつかないかくらいに短く切った黒髪が少し揺れる
黒髪の下に見える赤目は太陽の光をあびてキラキラと輝いている

「夜一...お前屋根から飛び降りるなんて、また危ないことを...」

ガブは若干呆れ気味にその少女、夜一を見やる
すると、また一人屋根の上から降りてきた、夜一のようなダイナミックな飛び降り方ではなく、屋根の淵に手をかけてすとんと足を地面につけた
彼は小柄な夜一に比べて身長が高いので平屋であるこの宿屋の屋根から降りるくらいなんてことはないのだ

「俺はちゃんと危ないからやめとけってとめましたよ?」

屋根から降りてきてすぐに、ガブと花束に咎めるような視線を向けられてすかさず自分自身を弁護する
少し黄色がかった白髪を後ろで無造作に束ねている
困ったように頭をかくとただでさえ雑に束ねていた髪がさらにぐしゃぐしゃになる

「まーまー!お二人とも!あたしは無傷なんだし!」

二人に彼が責められる原因を作った張本人である夜一は呑気に自分の無傷を誇ってみせた
そして、あんまり丸を責めないであげてよ、などと二人に言っているが丸こと赤丸が責められているのはそもそも彼女の無鉄砲さが理由なわけで...
赤丸にとってはプラスマイナス0なような、むしろ彼らに攻められた時点でマイナスなような...、なんとも納得いかないような...
ガブ同様、少し呆れた雰囲気を醸し出す赤丸

しかし、そんな赤丸のことは気にもとめないで、夜一は勢いよく飛び出してきた理由をガブに熱く訴えはじめた

「それより!ホワイトデーの贈り物にぴったりなの!あたし知ってるよ!!!」

今にもぴょんぴょん跳び跳ねそうな勢いで自信ありげにガブに話す夜一の目は屋根から降りてきた時同様輝いていた
きっと降りてきた時も自分の持っている素敵な提案を早くガブに伝えたかったのだろう

夜一の提案したものは、プリザーブドフラワーというものだった
なんでも他国にいる友人の軌銃に聞いた話らしいが、彼女の暮らす街の片隅に永遠に咲き続けるプリザーブドフラワーを作ることのできる職人がいるらしい
プリザーブドフラワーは元々長時間の保存のために用いられている技法ではあるが保存期間は長くても10年やそこらである
それを夜一の言う職人とやらは花を永遠にもっとも美しい姿で維持することができるのだと言う

「まぁ...それはとっても素敵ね」

夜一の話を聞いて、うっとりと花束は言った
それに対して夜一も首が飛んでいくのではと心配になるくらいに頷いた
女性陣の反応は上々、ガブもなかなかにいいアイディアだと思う
街外れの職人なら、作ってもらってそのままの足でディーラに渡しにいけばよい、もし留守でもディーラの家の扉のノブにでもカードと一緒に下げておけば仕事が一段落ついて家に帰ったときにでも気付くだろう
...いや、やっぱりカードなんて恥ずかしいな、ディーラならその花だけでもそれとわかってくれないだろうか
そんな風にディーラに渡すところまでイメージする

「夜一...あんがとな、これで贈るものが決まったぜ」

ニッと口角をあげて笑う、とても得意気な微笑みだった
ガブが喜んでくれたのが嬉しくって夜一も笑う

「よし、じゃあ俺は明日あの街に行ってくる」

そこにいるみんなにガブが告げると、夜一が案内役を申し出た
確かにガブは場所を知らないので案内してくれる人が必要である
すると赤丸が俺も行きますと言った、ガブを慕っている彼は道中でも稽古をつけてもらいたいと思っていることもあるだろうが、夜一が心配なのが7割、あとは夜一にプリザーブドフラワーをプレゼントしたいと思っているのかもしれない
彼もまたガブと同じくバレンタインのお返しを何にするかで迷っていたのである

「もうそれならいっそのことみんなで行きましょうよ兄さん、私もそのお花がほしいもの」

という花束の言葉で結局みんなで行くことが決定した
夜にはいると治安の悪いところも通るので、翌日の早朝から行くことになった



***



その日の夜、月は雲に隠れてしまっているのかえらく暗い
枕元の蝋燭の火も寝るために消してしまっているのであたりに光が感じられるものはない
近くにはえている木の枝葉が風に揺られていることが音でわかるが、暗闇のなかではその姿は見えるわけもなく
その葉っぱの擦れあう音だけが聞こえてくる
まるで女の人が泣いている声のようだ

薄暗いなかに見覚えのある軍服姿の女性がぼんやりと浮かんで見える
いつもはしゃんと立っている彼女がどうしてか肩を抱えて震えている

「ディーラ...?」

泣いているのか...、と問おうとするが声がでない
段々と彼女の影が遠退く、必死で追いかけるがなかなか距離は縮まらない
それでも走り続けると、強い光に照らされたドームのような所に出た
周りを囲むざわざわとした観客、歓声...
下品で汚ならしいそれたちは、大声でドームの中にいるモノを罵倒したり焚き付けたりしている

(一体ここはなんだ...?)

眩しすぎる照明から目を守るように覆っていた手を、少しずらす
追ってきた彼女はどこだ...、辺りを見渡すとそのドームの端に追いやられた紅い服を身に纏った彼女がふらふらと立っていた

いや...、あれは紅い服などではない...彼女の血が染みたものだ

そう気付いて、慌てて駆け寄ろうとすると彼女の向かい側からものすごいスピードで迫る敵の影
その敵の刃がディーラに迫る

「...ディーラッ!!!」

切りつけられそうな彼女を助けようと手を伸ばす、ガブの声が届いたのか彼女がこちらを振り返る
目のふちに涙を溜めた彼女はこちらを振り向きガブを見ると、伸ばしていたガブの手を握り返して微笑んだ
微笑んだ拍子に目のふち一杯に溜まっていた涙が一筋伝う

『大丈夫...、諦めないから』

彼女の強い意思の感じられる言葉に心に安らぎを感じる...
彼女の手をもう一度強く握り直す、いつの間にか辺りはあの汚ならしい下劣なドームなどではなく、ガブがディーラに告白したあの噴水の前に変わっていた
ディーラを優しく引き寄せて抱き締めた、そのあとはあの日のように...



朝日が部屋に差し込み、ガブの寝ている枕元を照らす
眩しくてうっすらと目を開くと宿屋の古びた天井が視界に入った
なにか夢を見た気がするがどんな夢だったかが思い出せない...、ただうっすらと抱いていた不安がどことなく安心に変わったような気がする
ディーラはそんな簡単にやられてしまうような柔な女じゃないと、今のガブはそう信じていた



***



件のお店はディーラたちの暮らす狭間帝国にあるのだがお隣の神聖帝国寄りでつまりは隅っこの辺鄙なところに構えてあるそうだ
しかし、国内から行くのであれば辺鄙かもしれないが外から来るガブたちのようなものからしてみればむしろ有り難い

普通であればそこまで行くのに3日ほどかかるのだが、如何せんホワイトデーは間近に迫ってきていてガブたちには時間があまり残されていないため、隣町にある高速宅配サービスを利用することにした
旅は足を使って歩き、が信条のガブであったが致し方ない

高速宅配サービスというのは超能力を使うことのできる人らが行うテレポートサービスで、物から人までなんでも目的地に運んでくれるという優れものである
ただし、代価はかなり高く付きそうそう気軽に利用できるものではない...ないのだが、花束の広い人脈
のつてにより特別に代価なしで送ってもらえることとなった
隣町に赴き、テレポートしてもらう
すると、どうだろうか...本当に信じられないことに一瞬で、ガブたちの周りをぐるっと囲んでいたテレポートサービスの従業員たちが消え、目の前にはこじんまりとした洋風の小屋があるではないか

「えっと...、ここであってるのか?夜一...」

呆気にとられながらも尋ねると、同じく一瞬の出来事に驚いている夜一がこくんと頷いた
花束と左助は慣れた様子で、花束は一人早速小屋に向かって進む
扉には“towa´s flower”と書かれた看板が掛けてあった
小屋のドアノブに手をかけると扉を引いて開ける

「ごめんください...」

と声をかけながら入ろうとするといきなり後ろに居た左助に腕を引かれる
すると、花束のほんの数センチ前を棒が降り下ろされる
左助は瞬時に花束を後ろにやりかばう
ガブたちも目の前にいる少年に対して警戒を強める
少年はチッと舌打ちを軽く打つと、再び棒を構えてガブたちを睨み付ける

「...お前らなんかに永久ちゃんは渡さねーぞ!!!」

棒を強く握りしめて、完全に臨戦態勢かに見えたが
よく見ると足は震えている
しかし、ガブのような大きな男を前にしても逃げる様子はなくあくまでもこの扉を通すまいとしているように見えた

「...トワちゃん...ってここのオーナーのトワさんのこと??」

なぜ自分たちが敵意を向けられているのか訳のわからない状況の中で口を開いたのはやはり夜一
思ったことがすぐ口に出てしまうタイプの彼女は気になったことを直接聞かずにはいられないのである
しかし、こうも状況のよくわからないときにおいてはなんでも質問してくれる夜一の存在はありがたかったのも事実である

「とぼけんな!お前らが永久ちゃんを狙ってやって来たのはわかりきってんだ!!!」

どうやらこの少年はガブたちのことを人さらいの類いと間違えているらしい
そう気付くやどうしたものかと悩む
ドアを開けようとした瞬間に襲いかかって来るぐらいだ
どうにも話を聞いてもらえるようには思えない

「あのな、俺らは別に人さらいなんかじゃなくてだな...そのトワちゃん?とやらにちょっとした用があるだけで...」

だからと言ってなにもしないわけにはいかないわけで...、渋々敵意むき出しの少年に説得を試みてみる
しかし、やはり少年は聞く耳を持ってはくれない

「嘘つくんじゃねえ!そんな極悪人面してよく言えるぜ、鏡でてめーの顔見直してこい!!!」

少年の言葉に花束と夜一は小さく吹き出し、ガブは眉間にさらにシワを寄せ眉根をあげる、あ゛?という低い声が喉からもれそうになるのをなんとかこらえひきつった笑顔でどうにか誤解を解こうと次の言葉を探す
だが、頭に血がのぼってしまっているからかうまい言葉がでてこない

そうこうしていると、突然扉の向こうの建物の中からガラスの派手に割れた音が響いてきた
続いて少女のもの思われる短い悲鳴がひとつ

「...永久っ?!」

少年はガブたちのことなどほったらかして、悲鳴の方へと駆け出す
ただ事ではないとガブも急いであとに続く、もちろんガブ以外も
建物の中に入ると向かいのテラスに続いている大きなガラス窓が割られている
割れたガラスの破片が飛んできて怪我をしたのか、その窓の近くの壁にうずくまって震えている少女は傷だらけである
恐らくはこの傷だらけの少女がトワちゃんとやらであろうとガブたちは推測する
部屋の中にはその少女とは別に少女の近くには四人の人影があった、全員真っ黒なスーツに身を包み各々物騒なものを手にもっている

「なんだー...ぞろぞろと...、おい、そのガキだけ連れていけ」

四人の中で一番がたいのいい男が少女に一番近い男に言った
言われた男は頷くと嫌がる少女を軽々と抱え込んで割った窓から出ていく

「てめー待ちやがれ!!!」

少年は連れていかれようとしている永久を助けようと先程の棒を振りかざして追いかけようとする
短い銃声が響いた、そしてぱきっという乾いた音ともに少年の腕から半分になった棒切れが地べたに落ちる
少女を守るべくなけなしの勇気を振り絞っていた少年のそれも強く握っていた棒のように折れてしまった
足だけでなく全身がガタガタと震える
それでも、少年は逃げることはしなかった、恐怖で前に進むことも出来なかったが、決して一歩も後ろへ退こうとはしなかったのだ

銃を構えた男は、その照準を少年の額に合わせる
もう、終わったと目を固くつぶり拳を握りしめる

(ごめんな、永久ちゃん...守れなくって...)

心の中で自分の弱さを少女に詫びる
少年の脳裏に今までの少女との思い出が甦る
男が銃を打つまでの時間が、少年には永遠に感じられた
あとは引き金が引かれるだけ、それで俺の人生は終わってしまうんだ...、こんなことならさっさと勇気を出して告白くらいするんだった
そんな後悔なんかもたくさん押し寄せてくる

そして、額に激痛がはしった...、ものすごくジンジンとくるその痛みに少年は頭を抱えてうずくまる

「いつまで目閉じてんだ、お前...」

額は痛いが手で触れてみても血は出ていないようだし穴も空いてはいないようだ
ゆっくりと目を開けると目の前にはさっきの極悪人面の男が立っていた

「ガブ兄ってばさっき極悪人面とか言われたからってそんな力一杯デコピンしなくってもいーのにー」

夜一はガブに笑いながら駆け寄ると、少年の頭を撫でながらごめんねーと謝る
何が何やら理解できないでいると、視界の下の方に先程の男たちが倒れているのが入ってきた
全員気を失ってはいないようだったがもう立ち上がることさえ出来ない様子だった
一体自分が目を瞑っている間になにがあったのか、彼には皆目検討もつかなかった
が、突然少年はハッとしたように窓の方に目をやる

「永久ちゃんを助けにいかねーと...」

そう言って駆け出そうとする少年の肩をガブは掴むと強引に引き戻す
その腕を乱暴に引き払うと、止めんじゃねえと喚く

「トワちゃんなら、俺の仲間が連れ戻しに行ってるから安心しろ...、すぐに戻ってくっから」

少年はそんなこと信じられないと言いたげだったが、ガブが言った通り、しばらくと経たないうちに永久は赤丸と共に戻ってきた
家の中について赤丸の腕の中から降りるとすぐさま永久は少年の元へ駆け寄っていった

「小鉄くん!」

そう言いながら抱きつく永久に小鉄と呼ばれたその少年は顔を真っ赤に染め上げて固まってしまった
少女はそんなことには全く気付かずにただただ己の身に起きた恐怖に泣くことしか出来ないようであった


二人が落ち着くまで待ってから、左助はちゃっかりと台所を借り温かいお茶を淹れて持ってきた
部屋の中央付近にあるソファーに向かい合って腰かけると、ガブは先程の男たちについて聞いてみた、少年は最初からなにかに対して警戒していたので、何かしら知っているのではないかと踏んだからだ

「...そんな詳しいことは俺も知らねえよ...、ただここ最近手に職つけたやつらがヤバイやつらに誘拐されてるって話だ」

つまりその誘拐犯であるヤバイやつらというのが、この男たちということらしい
どうやらその誘拐は最近になって更に激化したらしく、今では見た目の良い男女や腕っぷしの強いやつらまで狙われ出しているらしい
裏には大きな組織が絡んでいるらしいという噂もあるが、なにも根拠となるものはなく憶測の域を出ず仕舞いである

しかし、あの男たちの持っていたものからしてもガブたちには一般人の集まりだとは思えなかった
ガブは頭に手をやるとぐちゃぐちゃと髪をなぎはらった

「はーぁあ、俺はただディーラに贈るホワイトデーのプレゼントを用意しに来ただけだってのに...」

思わず大きなため息がもれる、ただの一般人にまでここまで噂が被害と共に広がっている状況だ
きっと最近彼女と連絡が取れなかったのはこの事件のせいだろう
そう思うと無性にその悪の組織とやらに腹が立ってきた
3月14日という日は、ホワイトデーというバレンタインのお返しを3倍でするという過酷な試練の日であると共に、ディーラの誕生日なのである
その年に1度の誕生日をそんなどこの馬の骨とも知れない輩に邪魔だてされたのでは腹の虫が収まらない
その悪の組織とやらを壊滅させるべくディーラの手伝いでもしにいこうか
そんでもってさっさと終わらせてしまって彼女と
二人で誕生日を祝おう
ガブは心の中で決意を固めると立ち上がった

「よし、その悪の組織とやらを今から潰しに行くぞ...」

強い語気と共に発せられたその言葉に赤丸と夜一はよしきたと言わんばかりにガブに続く
そして、部屋の片隅に少年少女から隠れるようにして捕らえた男共から情報を搾り取っている花束のところへ歩み寄る
花束は薬と名のつくものであれば、医薬から毒薬までなんだって調合することが出来る
今回は永久のガラスで出来た傷を治すための薬と男共に全てを自白させるための薬を花束は用意した

「兄さん...こいつら下っぱみたいでほんとになにも知らないみたいよ...」

どうやら組織は敵に情報がもれないように、完全分業制みたいね...、そう小さく呟きながら少し表情を暗くする
花束が小さく、あそこと同じね...と呟いた声は近くに居た左助にしか届かなかった
というよりも、皆には聞こえないように呟いたのであるが...

「...ガブの旦那、ここがまた別のやつらに狙われてもこの男たちが暴れだしても困りますから、あっしと姐さんはここに残ります」

ガブは左助の言葉に頷いた
花束には過去にトラウマがある、どのみちガブも連れていく気はなかった
通りすぎる際にぽんと花束の肩に手を落としていく

すると丁度、外から永久を連れ去り逃げていった男の後を尾行して奴等の根倉を突き止めにいった光が帰ってきた

「光、あいつらの根倉はわかったか?」

光はガブの言葉にこくんと頷いた
案内してくれ、と短く光に伝えるとそのまま出ていこうとする
そのガブの着物の袖をくいっと引き止めたのは花束だ

「あなたたちその格好で押し入るつもり?」

悪目立ちするうえに、部外者ですから殺してくださいって言いながら敵地に乗り込んでいくようなものよ、と呆れながら付け加える
ガブたちは旅行者今着ている服以外の服は全て宿屋に置いてきている
それに持ってきていたとしてもどうせ全て同じような着物である
どうしようかと悩んでいると、ガブの顔面に思いっきりなにかが投げ付けられた

「いってーな...なんだこれ...?」

それは、男共の着ていた黒スーツであった
花束の方を見ると、男共は服を奪われて下着姿になっていた

「それを着ていきなさい」

男共のスーツは3着、あと1着足りなかった分は、永久が黒いワンピースを貸してくれたので、一番小柄な光がそれを着ることになった

ガブは慣れないスーツを身につけて首もとが息苦しく感じられたのでボタンをいくつか外す
赤丸はサイズがぴったりだったようで、きっちりと着こなしている
逆に夜一には所々大きすぎたので、折り曲げてささっと左助に縫ってもらう
永久の可愛らしいワンピースを身につけても光は相変わらず無表情でガブの指示があるまで微動だにしない
ついでに男共の持っていた物騒な武器もちょいちょい借りていくことにする

そして、今度こそ行こうとすると次は永久に止められた
そちらの方を見ると、永久は店内から持ってきたのか腕一杯にデージーの花を抱えていた

「これを...どうか持っていってください」

彼女へのお返しをもらいにきたとかなんとか、ガブがぼやいたのを聞いて、用意してくれたらしいそれは綺麗に輝いていた
もう加工済みのプリザーブドフラワーらしい
そして、いつの間にか外に行っていたらしい小鉄が戻ってくると、永久は彼の摘んできたその青い花を受けとりそっと息を吹きかけた
すると、息を吹きかけられたところから徐々に薄い透明の膜がはられていき、やがて花全体を覆った
その青の花をデージーのブーケを抱えているガブに差し出す

「このお花はブルーデージーと言って3月14日の誕生日なんです...、花言葉は幸運...あなたたちの幸運を祈ってます」

だから、みんなを助けて...と小さく呟いた声は涙で掠れてしまっていたが、その意思はしっかりとガブに伝わった
ガブは最後の言葉までちゃんと聞いてから、ありがとなと微笑みながら永久に告げるとその彼女の気持ちと共に最後の一本も受け取った
そのブルーデージーもデージーたちのブーケの中に差し込むと今度こそ敵の根倉へと向かい始めた



***



光の後に続いて行ってみると光はここ狭間帝国を越えて神聖帝国へと入っていった
そこのからしばらく歩いたところに、そこの入口はあった
敵地に乗り込む、久々のガチンコな戦闘に武者震いがとまらない赤丸を諌めながら手短に作戦を伝えていく

永久と小鉄の話によると、多くの一般人が拐われているようだ
敵を倒したい気持ちもあるがまずはその人たちを助けることを最優先に考えるべきだろうと言うことで意見は一致した

そこで、正面から派手に突破していくガブと赤丸、その騒動に隠れてこっそりと忍び込む夜一と光の二手に分かれる陽動作戦に出ることにした
ガブと赤丸は腕っぷしと体の頑丈さが取り柄だから、囮役にはうってつけである
もちろん、囮とは言っても捕まる気もやられる気も微塵もない
敵をなぎ倒していって敵の注意を引きつけ続ける
一方、夜一と光も隠れて行動するにはうってつけの生い立ちである
夜一は元闇討ち専門の盗賊だし、光は元暗殺部隊に所属していた
敵に気付かれないように鍵をするくらいなら朝飯前である夜一と、無音で忍び寄り敵を落とすことのできる光が一緒なら捕らえられている人を敵に気付かれることなく隠れて見つけ出すこともなんとか出来るだろう

見つけたあと、人数が多すぎては夜一と光だけでは逃がしてやれない
なので、見つけたあとはガブと赤丸が敵の数を減らして合流するまでその場で待機
場所を伝える際には先程の男たちがもっていた通信機器をちょこっと改良したものを用いて知らせる

作戦通りに出来そうになければそこは臨機応変に変えていく
なんともアバウトな作戦会議ではあるが、それはガブたちにとってはいつものことである
そんな簡易の作戦会議を終わらせると早速ガブと赤丸は組織の下っぱたちの出入りする入口へと向かう
そこには見張りと思われるものが数人立っていた

左手に大きなブーケを抱えた男となんだか楽しみで仕方ないといったような顔でうずうずしている男、その二人は見張りの間をさっと過ぎていって扉を蹴り飛ばしてぶち抜いた
飛んでいった扉が地面に叩きつけられる音に見張りたちの崩れる音が掻き消される
中にはもっとたくさんの敵がいた、皆突然の訪問者に何事かと目を見開いている
しかし、すぐさま立て直し手に手に武器をとる

ガブはそれを見ながらぞくぞくと血が沸き立つのを感じた
先程の見張りの一人から拝借した刀を抜き右手に持ち構える
右手には刀、左手にはブーケ

この異様な出で立ちの男はにっと口角を吊り上げると乾いた笑みと共に言った


「ディーラ、バレンタインのお返しに来たぜ」


ホワイトデーまであと1日、それまでに全てを終わらせて、ディーラと二人で誕生日を祝う
固い決意を胸にガブを含む4人はこの巨大な悪の組織を崩壊させるべく、敵地の中へと乗り込んでいった



Felicia amelloides


thank you!
雪風さんからのバレンタイン小説のお返し&『再来する悲劇』にうちの子が図々しくもお邪魔していくその前段階です!!!
ほんっとうに遅くなってしまって申し訳なさの極みです!!!゜゜(´O`)°゜

デージーの花で作られたブーケをもって、スーツに身を包んでなんだかプロポーズでもしにいくような格好ですね...←
これから彼らが誰と合流するのか...はたまた誰と戦うことになるのかとても楽しみです!!!
それを抜きにしても、『再来する悲劇』はいつも見ているので続きがとっても楽しみですo(^o^)o
もうそろそろ終わるのかと思うととても寂しいですが...゜゜(´O`)°゜

ちなみに作中の永久ちゃんと小鉄くんはモブキャラです...(*^^*)゜゜
永久ちゃんはユキカブリ♀で、小鉄くんはドンコラー♂です!

ではでは、今回は書かせていただきありがとうございます!!!
ほぼ全くと言って良いほど雪風さん宅のお子さまは出てきていませんが...゜゜(´O`)°゜
雪風さん宅のお話に関連していますので、チュウ作品ということにさせていただいております...!

*雪風さんのみお持ち帰り自由です!


作中の花言葉メモφ(..)
デージー・・・平和、希望、美人
ブルーデージー・・・純粋・幸福・恵まれている・かわいいあなた・無邪気・協力・幸運(3月14日の誕生花)


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