あれから私はぼーっとしていた。亜由美と柴田先輩を見てるときも、授業中も、給食のときもずっと昨日の光景が頭の中でグルグルしていた。
そして無意識に大倉くんを見てしまうのだ。なんだろう、この感じ。
「ちょっと柚子、今日変だよ」
トイレへ行ったときに心配したであろう亜由美が顔を覗かせる。私は平気だよ、と苦笑いをして昨日のことを考えるのをやめた。
教室へ帰ると一段と騒がしかった。男子達が大倉くんをなにかはやし立ててるようだった。普段は物静かで大人しい大倉くん。
私は嫌な予感した。教室のドアをあけると視線は一気にこちらへ向けられる。
「ほら、大倉の好きな奴来たぞ!!よかったな真部〜!!」
男子たちは口笛を吹いたり、叫んでいた。女子は私に駆け寄り、大倉くんのことをどう思ってるかの質問攻め。昨日のことが頭の中で甦るが苦笑いを通した。
「ほら真部、返事してやれよ」
さっきまで騒がしかった教室が静まり、全員の視線が私に集まる。私は冷や汗を垂らす。ここで、いい感じにしてしまえば卒業までネタにされてしまう。
だからと言って振るのも……でもやっぱりみんなの視線が怖かったから…
「あ、はは…全然興味ない、や……」
私は言ってから後悔してしまった。クラスの反応に。そして大倉くんの顔に。クラスはドンマイ!!と無責任に大倉くんを慰めているが、
私は見逃さなかった。大倉くんが悲しそうな顔をしたのを。その顔を見てから私の心臓が握りしめられたように罪悪感に飲まれた。
亜由美は私を気遣ってクラスのみんなに怒ってくれたのが幸いだ。その後の授業は全く頭に入らなかった。
次の日から、大倉くんは学校に来なくなってしまった。そりゃあんなことされればそうなってしまうだろ。
私は関係ない。そう思うようにして自分の立場を守った。1ヶ月も来なくて、先生が手紙を書こうとか言い出した。
そんなことしても逆効果だっての、なんて毒づきながら心のどこかでは大倉くんを心配していた。
そして毎日のようにあの日直の日が思い出される。
「大倉くんの手紙、なんて書いた?書くことなんてしれてるのになんでこんなことさせるんだろう…柚子?」
「…私、まだ書けてない。なんて書いていいかわかんなくて」
私は渡された便せん風な用紙を握りしめていた。強い力で握っていたようでグシャグシャになっていた。
それを見ていた亜由美は私を空き教室に連れて行き、向かい合って座った。
「あのね、柚子には言わなかったけどさ。私、本当はずっと気付いてたんだよ。大倉があんたを好きだって」
「えっ」
「そしてあんたが日直した日から柚子も大倉くんが気になってた。違う?」
亜由美に図星をつかれたのが悔しくて、顔をうつむかせた。でもこれが「恋」と呼べるのかも分からなかった。
そもそも「恋」なんてしたことない…
「いつもそうやって逃げてるだけ。私は恋を知らないって。教室のあの件はみんな悪いけど…本当は大倉くんのことが好きなんじゃないの?」
私は重い口を開いた。ゆっくりと、ゆっくりと亜由美に伝わるように。
「大倉くんのこと見てると、なんだか安心して…ずっと目で追っちゃって。胸の辺りがドキドキしてるんだよね」
私の言葉を静かに聞いてくれる亜由美。思ってることを全て口に出した。毒を出すように。
「日直の時に手伝ってくれて…『お前だから手伝ってるんだよ』って言ってくれてからずっと変なんだ」
「それが恋じゃんか」
亜由美の言葉に顔をあげる。亜由美の顔は怒ってるでもなく、泣いてるでもなく、笑っていた。
「その日から大倉のことが気になってる。それが恋じゃん。だったらちゃんと大倉に謝ってちゃんと気持ち伝えるのが正解なんじゃない?」
私は亜由美の優しさに涙があふれてきた。
「だったらその手紙はちゃんと本人に言わないと。また逃げるのは嫌でしょ?この後の授業のことはうまくやっとくから」
ウインクをする亜由美。私は頷いて、用紙を握りしめて校門へ出た。大倉くんの家は1度だけ、クラスの数人で遊びに行ったことがある。
そのときの記憶をたどり、私はひたすら走った。大倉と書いた表札の前で1回深呼吸してからインターホンを鳴らす。
出てきたのはちょうど大倉くんで私の姿を見てびっくりしていた。
「真部、どうして…」
「あのね、大倉くんに聞いてほしいことがあって……!!」
「と、とにかく息を整えて…よかったらあがってよ」