抑制剤を処方してもらうには金が必要だった。もちろん必要最低限として国からの手当ては申請しているが、身体に合わなかったのか自分には効きにくかった。効かなければ薬の数を増やしたいが、正規の手段ではストップがかかってあまり増やせない。それから裏で売っているようなやつらを頼るようになった。金がないときは身体を要求されて、昼間をただ平穏に過ごす為だけに夜の自分を犠牲にした。何人かでまわされることもあったが大抵薬が足りないっていうような事態になるのはヒートの時期だったから行為が終わってしまえば記憶も混濁した。もしかしたらわざと正気を失わせるような成分が渡された薬物の中に混じっていたのかもしれない。それでも辛い状況を全て忘れる事が出来てしまうからと甘受した。残るのは身体の痛みだけで済んだ。
「あっ……んっ……あっ、あっ」
「ほら、気持ちいいんだろこの淫乱。もっと腰振れよ」
「わかっ……あぁっ、あっ、ん……腰ふる、からぁっ、はやくぅ……よこせって……あっ、ああっ」
初めて会った売人相手にくわえこんでねだる。誰が相手でも身体は喜んで潤滑液を吐き出すから気持ち良くってたまらない。薬が目当てなのか、行為を求めてやって来るのかわからなくなる者までいた。快楽に弱く、どこまでも追い求めてしまうΩ性。売人との行為で子供をつくるやつなんかもいる。普通は避妊薬を飲んでするから生で好きなだけヤれるって点が良いから売人も行為に付き合ってるだけなのに身体を重ね合わせる事でΩの方には情が湧きやすいらしい。俺はそんな事にはならないようにしたい。大抵の売人はβ性だ。aと出会ってしまえばΩはaとの性的衝動には逆らえないから、βに熱を上げるのは売人相手でなくとも馬鹿な事だった。
「ほらよ、一ヶ月ぶんだ」
手に押し付けられる数袋。それを受け取って中身を確認した。
「少なすぎる、これじゃ一ヶ月ももたない」
「なら他の男とまた寝るんだな」
くくっと人を嘲るような笑みに苛立つのを抑えてその場を立ち去る。今回の男と縁を結ぶのにも時間がかかったというのに。薬が切れる前にまた売人を探さなければならない。しかも前回よりもずっと少ない期間で。舌打ちをして夜の街を歩く。ホテル前にでもいれば売人が見つかるだろうか。俺と同じΩの匂いがするのを連れている奴の大抵は売人だ。今まではそうやって見つけてきた。ネットなんかで探すと足がついて警察に嗅ぎ付けられるから、そうやって効率の悪い探し方をしている。人を頼りたいところだが警察に捕まった時の道連れを防ぐ為か、毎回薬を売る側が売人を変えてしまうし同じ客にはあまり売ろうとしない。
ホテル前の道路に座って誰かを待っている風を装って携帯を弄る。時々ホテルから出てくる相手の大半からはΩの匂いがしないのが続いていて肩を落とした。今日は駄目そうだ。そろそろ帰ろうかなと思い始めた頃合いだった。
「何してるんですか、ユンギ先生」
制服を着た高校生が俺を見下ろす。ああ、まずいところを見られた。
「ジョングクこそ。未成年が夜中に出歩くなよ」
「先生も。ホテル街ですよ、ここ」
「俺は生徒が来てないか見回りしてんの。送ってやるから帰るぞ」
尤もらしい言い訳をでっちあげる。ジョングクの手首を掴んで、携帯に記録してあったクラス名簿を読み込んだ。終電はもうない時間なのに彼の住所はここからは随分遠い。
「……こんなとこに朝までいる気だったのかよ」
「ホテルにでも泊まろうかと思って」
「ここラブホ街だけど」
「はい、待ち合わせです」
「マセガキ」
一応教師としては見過ごせない。後で反省文でも書かせよう。そう考えているとあたりにあの匂いが漂ってきた。俺と同じような匂いだ。その匂いの主はよろけるようにこちらに歩いてきてジョングクの前で止まった。
「クッキーさんですよね!お願いします!助けてっ、はやく」
ぐいっとジョングクの腕が引っ張られて片方は俺、もう片方はその男が持った形になった。
「あの、行っても?」
「駄目だろ」
一蹴する。というか俺が承諾したら行くつもりなのかこいつは。
「俺が先に約束してたんだ!お前は誰なんだよ、どっか行けよ!」
お前こそ誰だよ。クッキーってなんだ、ジョングクのネットのハンドルネームだろうか。それにしてもこいつはΩで、しかも男だ。こいつ男いけんのかよ。ついゾクゾクしてしまいそうになって、生徒だという認識で抑え込んだ。
「俺はこいつの恋人」
「えぇっ!?」
話合わせろっての。まんまるい目を見開いて、目の前のΩの男より驚いて見せる。
「Ωだから相手欲しくて横取りしようとしてんだろ!ふざけんな!」
ヒートで興奮状態なんだ。激昂にこちらがまともに応対するわけにもいかないだろう。
「ほら、行くぞ」
「は、はい!」
腕を絡ませて強引に引き剥がすと男は呆然とその場に立ち尽くした。目の前のエサをみすみす盗られて男が地団駄を踏んでいるのを尻目にホテルにズンズン入っていく。そのままルームキーを受け取って部屋の中に入った。
「えっと、ユンギ先生?」
「目離したらあいつじゃなくても他のやつと寝るんだろ。そうはさせないからな」
そういってそのままその晩は同じ部屋で寝泊まりして、翌日に金をジョングクの代わりに払って退室した。まだ夢の中にいるジョングクは子供にしか見えないあどけなさを色濃く残していて、夜に遊び歩いているような人物にはとても見えなかった。
遅刻寸前といったところでジョングクが教室に駆け込んでくる。慌ただしく自分の席に辿り着くと俺を見つけてほっとしたような表情を見せた。そんな穏やかな表情は束の間で後になってから呼び出して山程反省文やら課題なんかを言いつけると、みるみるうちにげっそりしていった。
「今朝は先生が消えちゃったのかと思ってたんですよ」
「そうか」
「心配してあちこち探してそれで遅刻したのにそれでも課題を追加するっていうんですか?」
うるうると涙を溜めて情に訴えかけてくるのをそっけなくはねのけて更にテキストを重ねると、諦めたのか唇を尖らせはじめた。
「先生、意地悪ですね」
「よく言われる」
「昨夜はあんなに優しかったのに」
「何もしてねぇだろ」
コツンと額を小突いてやって話はそれで終わり。これでもう懲りて夜に出歩く気なんかなくなっただろうと思ったが果たして。
「また夜に」
ウインクをしてかけ去っていく。堂々とした犯行予告だった。
深夜になり、一応見回りにいってみると宣言通りにジョングクはあの鉢合わせたホテルの前で待っていた。
「やっぱり来てくれたんですね!」
腰かけていた柵から離れてこちらにやって来ると、悪びれない顔で平然と腕を絡ませてきた。
「今夜の相手は先生だから今日は誰とも約束してないですよ」
「相手がいないのは結構だが俺は相手しねぇからな」
「またまた、昨夜は相手してくれたじゃないですか」
「同室使っただけだろ……」
「僕、寂しいんですよ」
図体デカい高校生の癖に甘えるようにきゅっと身を寄せてくる。鼻先を掠めるジョングクの香りにくらりと来てしまいそうになった。まだ発情期は先のはずなのにじわじわとせりあがってくる。
「あっ、ジョングク。離れっ、て……はぁっ」
「え、どうしたんですか先生。急に息荒くなって……具合悪い?」
「離れろ……って、はぁっ、あぁっ……」
ジョングクに触れられている箇所がとんでもなく熱い。離れろって言ってるのにジョングクは動けなくなった俺を背負ってホテルに入っていった。部屋をとって中に入るとベッドの上に降ろされる。
「背中にずっと当たってたんだけど。具合悪いんじゃなくて、僕に発情してたんですね?」
「悪い、生徒なのに、俺……」
「Ωなんだから仕方ないです。先生は悪くないです」
Ωだから淫乱なんだ、誘ったΩが悪い。そんな言葉しかかけられて来なかったから甘い言葉は身に沁みた。抱きしめられてそれにも情欲を掻き立てられるのにつっぱねることもできずに抱きしめかえすとそのまま押し倒された。
「悪いのは全部僕だから」
ベルトを外されてズボンを脱がされて両足を持ち上げられれば既に出した白濁液でぐちょぐちょになっている後ろの穴が外気にさらされる。ひっきりなしにひくつくそこにジョングクの熱をいきなり当てられるとそのまま割り開いてずぶりと埋まった。
「はぁっ、あああああぁっ、ジョングク、あぁっ」
いきなり入れられたら痛いはずなのにΩの男でも愛液が出るという性質のおかげでいつものようにすんなり受け入れられる。中に詰まった白濁した粘液が突かれたことで溢れ出てきては女みたいに……いや、普通の女よりも出てくるそれを嫌でも感じる。
「先生、動きます……辛くないですか」
「大丈夫、っ、あぁっ、はぁっ……ジョングク……」
まだ動き出してもいないのにほんの数ミリ程擦れただけで感じてしまって、達してしまった。うしろが痙攣してひくついては、また新たな愛液が穴から零れ落ちていた。
「入れただけでそんなに良かったんですか?」
「ジョングクのおちんちん、気持ち良く、て……我慢できないっ……はぁっ、ごめん……あぁっ」
続けて前からもびゅくっと精液が飛び出す。自分のお腹にぶちまけてそれでもなお、緩い快感は治まることがなく持続していた。ガクガクと震える膝に手を滑らせて撫でまわすジョングクの感触にまで興奮を煽られている。
「自分から腰動かして、先生えっちですね」
「嘘、そんなことしてなっ……はぁっ、ああぁっ」
少しだけ抜かれると、いよいよ突いたり引いたりして動く彼に揺さぶられる。少しひっかかる度にぞくぞくとしてそこに当たるように腰を誘導した。
「ああぁっ、あぁっ、ジョングク……奥までっ、ひっ、あぁっ……気持ちい、あぁっ、はぁっ」
「はぁっ、締め付け凄いんだけど……搾り取る気ですか?」
肉壁に割り込み続けるそれをぎゅうぎゅうと圧迫してはジョングクの背中側に足を絡ませる。一滴も溢したくないくらいに、必死にジョングクを求めていた。
「ごめ、んっ、はぁっ、全部、全部俺の中に……ジョングクの精液、……あぁっ、あっ。欲しいっ……」
「Ωって男でも妊娠するんですよ、そんなこと言っていいんですか?……っ……」
「アフターの、はぁっ、避妊薬っ……飲む……あぁっ、だから、ジョングクの好きなだけ……ああぁっ中に、出してっ……」
びゅるびゅるっと叩きつけるように精液が肉壁に充満した。媚薬でも塗ったかのようにそれに反応し、ますます腰は勝手に揺れた。射精した後も動きを止めることはなく、ジョングクは出しながらまだ腰を打ち付けてきている。
「気持ちいいよ、先生の中。」
「やっ、ああぁっ、ジョングクのせーえき、いっぱいっ……気持ちい、ああぁっ、ドクドクってお腹の中うねって……はぁっ、んっ、あっ、ああぁっ」
「せんせっ」
上体を起こされたかと思うと首もとにがぶりと噛みつかれる。番となる為の儀式的な行為だ。番となったものにはその行為に反応しあってお互いに首輪のようにぐるっと痣のように浮かび上がるらしいが、ジョングクにも俺にもそれは出現することはなかった。
「馬鹿ですよね、aじゃなきゃユンギ先生とは番になれないのに」
「はぁっ、はぁっ……お前、なんで番の……」
「僕にも、よくわからないです。こんな風な気持ちになったのが初めてで……僕の物にしたいんです」
「Ωの発情期にあてられたんだろ?な?ごめん……」
「違う!aみたいに本能的に反応するのとは違う!だってΩの匂いなんか殆ど僕には何も影響を与えないんですよ」
確かにそうだった。Ωの匂いに当てられて俺を犯そうとする奴等よりもずっとずっと優しく、そして誰よりも甘やかだった。
「先生のえっちな姿見て、ただ抱きたくなったんです。Ωとかそんなの関係ないです」
綺麗な顔が濡れている。澄んだような瞳を潤ませてこちらをじっと見つめられた。βともし恋仲になれば不特定多数に対する発情期に一生苦しむことになる。既に行為によって熱をあげて、ジョングクを好きになりかけていたがそんな究極の選択を突きつけられてすぐに答えが出るわけはなかった。