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※社会人設定



あーイライラする。
生理中、何故こんなにイライラするのか。文字を打ち間違えるとか、漢字の変換がうまくいかないとか、いつもは聞き流せるお局の小言とか。ほんの少しの些細ことにも腹が立つ。ただでさえ身体が辛いというのに感情の起伏がいつもより激しくなり自分でもついていけない。 発散できない憤りがキーボードを打つ力に表れる。
毎月毎月ぶち当たるこの問題、他の人はこんなことないのだろうか。頭も痛いしさっさと仕事を終わらせて今日はすぐ寝よう。

「ごめん、今日中にこれやって欲しいんだけど…」

定時10分前に言うなよジジイ。
せめて1時間前に言えよ。しかもこれ先週やってた案件だろ何で終わらせてないんだよ今更振ってくんなよ1時間どころか先週言えよ。
自分でも口が悪すぎると思うが止まらない。いやでもどう考えたっておかしいでしょ。
目の前のジジイというには少し若い位の男はへらへらと先週忙しくてさ〜なんて言い訳を重ねるが許してやる気になんてなれない。先週毎日定時で帰ってたの誰だよ残れないならもっと早くに助け求めろよ。
頭の中で思いきり不満をぶつけて、すぐに頭を切り替える。やらないと帰れないならやるしかない。思いきり嫌そうな顔をしてわかりました、とだけ言って投げられた仕事に取り掛かった。

全速力で仕事を片付けて時計を見ると、既に3時間が経過していた。最悪。頭が痛い。
仕事を投げてきた男がまたへらへらしながら礼を言ってきたので、今度からもう少し早く言っていただけると助かります、と早口で言い放ってオフィスを出た。
普段は悪い人ではない。仕事を頼むときも謝ってきたし(へらへらしてたけど)、お礼も言ってくれた(へらへらしてたけど)。そこまで腹を立てる必要は無いのだ。けれど、タイミングが悪い。全てこの月1回やってくる地獄のせいだ。苛立ちを抑えきれず人にぶつけてしまった罪悪感で気持ちが沈む前に、全ての罪をなすりつける。そういうことにしないとやってられない。色んな感情がごちゃまぜになって、涙が出そうになる。耐えろ、耐えるんだ。家に帰るまで。

「おかえり」

早く家に入りたい一心で乱暴に鍵を開けると、彼氏の英が居た。合鍵を渡してあるので家に居ることはおかしなことではないが、こうして私が居ない間に英がやってくることは珍しいことだった。

「…英、来てたんだ。」
「今日早く終わって暇だったから」

おつかれ。
何気なく放たれた言葉に、耐えていたものがドバッと溢れ出そうになる。目の奥が痛い。視界が滲んでいく。

「…どうしたの」

泣きそうになっているのがばれてしまったらしい。やってしまった。
私は英の前では泣かないようにしている。英に甘えたいという願望はあるけれど、本当に甘えてしまうと自分が駄目になりそうで嫌なのだ。我ながら可愛げがないとは思っている。
何より面倒くさい女と思われるのが嫌だし、そんな女になりたくない。
平然を装い、出てこようとする涙を必死で止める。

「どうしたって、何が?」
「何でそんな泣きそうな顔してんの」
「そんな顔してる?疲れてるからかも。ご飯もう食べた?何か作る?」

なんとかして話を逸らそうとする。英の顔を見ると我慢が崩れそうで、胸の辺りを見て話す。出てこようとする涙を堪えている目の奥が痛い。早く持ち直さないと。

「気になるんだけど」
「本当に何もないから。大丈夫だって」

とりあえず一人になろうと思ってトイレに向かおうとすると、腕を引かれて英の方を向いてしまう。
なんで今日に限って気付かれてしまうのか。限界がすぐそこまで来ている。

「俺にも言えないようなこと?」
「そ、ういう訳じゃないけど…」

目を合わせないようにして頑張って堪えているのに、英は私の顔を覗き込もうとする。

「じゃあ何」
「…っほんとに、だいじょ、ぶ…っ」

じゃなかった。
どばどば流れ出る涙をこらえきれなくなって、本格的に泣き始めてしまった。
もうこうなったら自分じゃ止められない。どうしよう。流石に英もびっくりするよね。引かれちゃったらどうしよう。

はあ。と、英が息を吐く音が聞こえた。やっぱり呆れちゃったよね、帰ってきていきなり泣き出す女とか私だって怖いと思うよ。メンヘラ女とか思われたらどうしよう。押さえ付けていたマイナス思考が襲ってくる。違うよ英、今だけなんだよ、いつも泣くわけじゃないんだよ。面倒くさい女だと思わないで。嫌いにならないで。
自分の思考に追い詰められていきそうになった時、ぼす、と頭を英の胸に押し付けられた。

「全然大丈夫じゃないじゃん」
「ごめ…」
「謝らなくていいから。俺なんかした?」

違う、と言おうとするとあふれ出る涙に言葉が遮られる。言葉を発することができないので頭を横に振って伝えると、抱きしめられて、優しく頭を撫でられた。

英の体温が私の毒素を溶かし、少しずつ全身から吸い取っていく。
私はこれが欲しかったのだ。
英は何も言わずに私の頭を撫でたり背中を擦ったりして、泣きやむのを待ってくれた。

しばらくすると気分も落ち着いてきて、ぽつぽつと話し始めた。
今日は生理で体調が良くなかったこと。
辛いから早く帰りたかったのに仕事を頼まれていつも以上にイライラしたこと。
その反動で、英が来てくれたことに気が緩んで涙が出てきたこと。
本当はすぐに抱きしめてほしかったけど、甘えてはいけないと思って何も言えなかったこと。
急に泣き出したから、英に引かれたり愛想つかされたりするんじゃないかと考え始めてしまったこと。
生理の時は特に情緒不安定になること。

ちゃんと伝わったかはわからないが、一通り話した。
英は私が話している間ずっと、うん、しか言わなかったけど、面倒くさがらずに全て聞いてくれた。

「ごめんね、いきなり泣いたりして。びっくりしたよね。 」
「驚きはしたけど、別に謝ることじゃない。」
「…嫌じゃないの?」
「これ位で嫌になるなら付き合ってない。
…もう少し頼ってもいいんじゃないの」

言いながら、また頭を撫でてくれる。言葉は少ないし、蕩けるような甘い台詞を言ってくれる訳でもないけど、隙間から見える優しさが私にはひどく愛おしい。
私が意地を張って我慢する必要なんて最初から無かった。彼は私に愛をくれる、優しい人なのだ。

「また涙出る…」
「気が済むまで泣けば」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「すき」
「うん」

泣いて全てを出し切ったのと英に抱きしめられている安心感で急に眠気が来た。このまま寝たい…と思っていたら身体を離された。名残惜しい。
英の顔を見ると目が合った。ゆっくりと近付いてきたので目を瞑る。やさしく触れた唇に胸がきゅう、と締まって、再び合った目に頬が緩む。
へへ、とだらけた顔で笑うと、単純、と言われてしまった。良くお分かりで。

「飯まだなんだろ。何か買ってくるから風呂入れば」
「至れり尽くせり…」
「今度何か奢らせる」

とか言って奢らせてくれないくせに。今度は自分からしがみつき、思いっきり英の匂いを堪能してからお風呂へ向かった。
1ヶ月で最悪の一日が、最高の一日で終わろうとしている。