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「諏訪、……諏訪! 起きて!」
 彼女の声と共に、バシバシ肩を叩かれる衝撃で目を覚ました。けれどそこはベッドではなく、何故かフローリングの上で、すぐ目の前にドアがある。どこだここは。
「……なまえんち……?」
 きょろきょろあたりを見回すと俺の後ろに冷蔵庫が鎮座しており、そこが彼女、なまえの家のキッチン兼廊下だとわかった。
「覚えてないの? 昨日来たんだよ」
「マジか……」
 昨日、何してたんだっけ。頭が痛くて何も考えられない。そして固い床で寝たからか、体も痛い。とにかく迷惑をかけたのは間違いないのでとにかく謝罪を、と口を開くより早く「とりあえず早くお風呂入って!」と手を引かれた。
 考える暇もなく、急かされるまま目の前の風呂場に押し込められ、「あと30分で出るからね。着替えも置いといたから」とドアを閉められる。よくわからないが今は言う通りにしておこう。蛇口を捻って、お湯が出るのを待った。
 ぼうっとしたまま、頭からお湯を被る。ああそうだ、今日は2限があると言っていたっけ。あれ、この話いつした? そして俺はなんであんなところで寝てたんだ。昨晩のことを思い出そうとすると、ある光景が頭に浮かんだ。そういえば俺、トイレに居なかったか……? 思い出して、激しい後悔に襲われる。トイレでさんざん吐いて、落ち着いたから風呂に入ろうと思って……力尽きてここで寝ちまったんだ。

 風呂から出ると、なまえは熱心に鏡と向き合っていた。名前を呼ぶと、目線を寄越さず「なに?」と声だけが返ってくる。やべえ、怒ってるかも。
「昨日……すいませんでした」
「思い出した?」
「はい」
 全然こっちを見ない。どうする。とりあえずベランダに逃げるか。いや、その後が気まずいな。所在なくおろおろしていると、なまえが座れば? と言う。若干緊張しながら床に腰を下ろすと、化粧が終わったのか床に手をついて近付いてきた。なんだ、何を言われるんだ。なまえの目がじっと俺を捉えて、動けない。
 あぐらをかく俺のすぐ横に手が置かれ、思わず体を引く。それを追いかけるように近付いてきて、唇を押し付けられた。何故いま? 怒ってるんじゃないのか? 頭の中が疑問符だらけだ。
「くさっ! まだ酒くさいんだけど」
 すぐに離れて、けらけらと笑うなまえ。訳がわからずただそれを見ている。
「あれ、あんまり嬉しくない?」
 さっさと鏡の前へ戻り、口紅を塗りながら言う。いや、嬉しいか嬉しくないかって言われればそりゃ嬉しいけど。全く話についていけない。
「昨日あんなにしたがってたのに」
 昨日……? なまえの言葉で、吐く前の記憶がよみがえる。「あー……」思わず情けない声が出た。最悪だ。
「おもしろかったよ」
「忘れてくれ」
「無理でーす」
 笑いながら口紅にキャップをするなまえに近付き、腕を掴んで引き寄せる。再び顔を近付けると「ちょっと!」顔を背けられた。なんでだよ!
「もうリップ塗ったから!」なまえの手が俺の顔を押して、背けさせる。いやもっかい塗ればいいだろ。「あと酒くさい!」何も言えなくなった。
「また今度ね」
 腕から脱出し、にやりとこちらを見る。その顔がどこか機嫌良さそうに見えるのは、俺の自惚だろうか。



「よう」
 夜中に突然現れたこの男、私の恋人。目が座っていて、真っ直ぐ立っていられないのか体はふらふらと揺れ、ドアの枠に寄りかかる。
「どうしたの」
「……いや、別に」
 別にって。こんな突然、連絡もなく現れたことなんて今まであっただろうか。しかもなんかべろべろだし。こんなに酔った諏訪は初めて見る。
「上がってく?」
「おー」
 よくわからないけれど会いに来てくれたことは嬉しいので、部屋へ上げる。諏訪に飲ませるために冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、肩を掴んで諏訪を向かされる。何事かと驚いていると、腕の中に閉じ込められた。と同時に、むわっとしたにおいがやってくる。煙草とお酒と汗と、いろいろ混ざった居酒屋のにおい。思わず眉をしかめる。
「ちょっと、離して。くさい」
「いやだ」
「私もいやなんだけど!」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕の間にペットボトルを持ったままの手をねじ込んで胸を押すと、すぐに離れてくれた。諏訪の煙草の匂いも汗の匂いも別に嫌いではないけれど、もうお風呂に入ってあとは寝るだけの状態の自分に、あのにおいが付くのは避けたい。とにかくお風呂か着替えるかしてもらわなければ。抱きしめられたことに少しどきどきしながら「水、いらない?」と声をかけるが、反応がない。すると今度は顔が近付いてきた。キスならいいかな、と受け入れようとした瞬間、想像以上にお酒の強いにおいを感じて思わず体を反って避けてしまう。どれだけ飲んだのこの人。
「あ……ご、ごめん」
 なんとも言えない表情で私を見る諏訪。さすがに良くなかっただろうか。
「……嫌なのか」
「いや、あの……今は、あんまり」
 そっと肩を押して距離を取る。情けなく眉を下げた諏訪が「嫌になったのか」と呟く。なんでそうなる? 申し訳ないが笑ってしまいそうだ。
「諏訪が嫌なんじゃなくて! 今はお酒くさいからだめ」
「すぐ終わる」
「明日! 明日しよ!」
「今してえ」
 諦めることなく顔を近付けてくる。こんな諏訪はなんだか新鮮だ。こんなかわいいところがあったんだなと思う一方、アルコールのにおいが鼻を掠めて早く離れてほしいとも思ってしまう。本当にどれだけ飲んだんだろ。私だってキスしたいよ!
「とにかく今はだめ! 早くお風呂入って」
「……」
 ぐっと眉間に皺を寄せて黙ったと思ったら、突然背を向ける。口に手を当てながらトイレに入っていった。ガタガタと音を立てて、また静かになる。開けっぱなしのドアの向こうから、小さく嘔吐く声が聞こえてきた。……よかった、ちゃんとトイレに行ってくれて。コップに水を注ぎ、トイレへと向かう。
 夜中に突然押しかけて吐くなんて、普段なら最悪! となるところだけれど、今日はそんな気が湧かなかった。珍しくかわいい一面を見せた彼に免じて、許してあげよう。



20220725