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 棚にずらりと並べられたスナック菓子をじっくりと見比べる。うすしおかコンソメか、サワークリームも捨てがたい。いっそのこと全部買ってしまおうか。そんなことをしたら後で必ず後悔するのは目に見えているからしないけど。なかなか決められない私をよそに、諏訪は「腹減った」とお弁当の方へ行ってしまった。夜ご飯食べたのに? 諏訪が食べてたら私も食べたくなるじゃん、やめてよ。
「諏訪さん!」
 食べる気はないけれど何があるかだけでも見ておくかと諏訪を追いかけようとしたところで、溌剌とした女の声が聞こえた。今、諏訪さんって言った?
「おお、何してんだこんな時間に」
「ちょっとお腹空いちゃって……諏訪さんは?」
「俺も同じ」
 聞き間違いじゃなかった。ボーダー関係者だろうか。なんとなく出ていきにくくなって、再びお菓子の棚をうろうろする。迷いすぎてどれでもよくなってきた……いつものこれでいいか。
「これおいしいですよ! よく食べます」
「マジか。結構食うんだな」
「女子高生の食欲なめないでください」
 棚の奥から聞こえる楽しそうな声に、思わず聞き耳を立ててしまう。女子高生か……ボーダーの後輩で女子高生と言えばこの前会った「おサノ」ちゃんしか知らないけれど、あの子は諏訪に対してもっと気楽な感じで接していたから、違う気がする。十代の隊員がたくさんいると聞いたことがあるから、また別の子なのだろう。
 それにしてもなんというか、ボーダーの先輩に会ったくらいでそんなにはしゃぐものだろうか。見慣れたパッケージのスナック菓子を手に取る。私も高校時代はこんなに元気だったのかな。この三年で知らず知らずのうちに老けてしまったのかもしれない。そんなこと気付きたくなかった。
 さて、買うものは決まった。あとは会計を済ますだけなのだけれど、やっぱり諏訪を呼びに行く気にはなれない。この気の抜けた部屋着姿を諏訪の後輩に見られるのもなんか嫌だし、先に帰ってしまおうか。あっ駄目だ、諏訪が出してくれると言うから財布もスマホも家に置いてきたんだった。この際お菓子はなくてもいいけど、何も言わずに帰ると諏訪が困るよね。
 迷った結果、二人の会話が終わるのを待つことにした。どうせならお酒も買っていこうかな。買いすぎだと言われたら帰ってからお金を返せばいい。カゴを取り、お酒コーナーへ足を向ける。
 「諏訪さんもっと野菜食べた方がいいですよ!」
 余計なお世話だっつの。反射的に心の中でつっこんでしまい、すぐに反省する。後輩に慕われているなんて素晴らしいことじゃないか。お菓子の棚から離れても女子高生の声が聞こえる一方で、諏訪の声が聞こえないからもどかしい。お酒を二本カゴに突っ込むと、一気に腕が重くなる。なんだか腹が立ってきた。やっぱりお酒も諏訪に奢らせよう。早く帰って飲みたいんだけど。
 そうは思ったものの、二人の会話に割って入る気にはなれないので、諏訪が気付くように近付いてみることにした。自然な動きを装って、お弁当やパンが並ぶ棚の奥にあるアイスケースへ向かう。アイスを選んでいるふりをしながら、のろのろと諏訪が見える位置まで近付いた。あれ、このソフトクリーム見たことないな。おいしそうだけど、今はちょっと寒い……けど気になる。明日のお昼にでも食べようかな。カゴに入れようと手を伸ばし、諏訪がいないと帰れないことを思い出して引っ込めた。なんで財布持ってこなかったんだろ。こっそり声がする方を見ると、女子高生が私に背を向け、その奥にお弁当の棚を眺める諏訪。お願いだから早く気付いて。
「諏訪さんも家この辺なんですか?」
「あー俺んちっつーか、彼女の」
 そうそう、だから早く帰ろうよ。アイスに視線を戻して諏訪へ念を送る。
「彼女、いるんですね」
 女子高生の声が急に力をなくした。それはもういろいろと確信してしまうくらいにわかりやすくて、やっぱりかあ〜! と思わず唇をきゅっと結ぶ。一方の諏訪は「まあな」なんてのんきな返事。もしかして気付いてないの? もやもやするけど、諏訪だからなあ。
「決まったか?」
「えっ、うん」
 突然背中をポンと叩かれ、体がびくっと跳ねる。いつの間にか隣に諏訪が来ていた。よかった、気付いてくれて。持っていたカゴを奪われて、諏訪が持ってきたお弁当をカゴに入れる。
「酒入ってんじゃねーか。今から飲むのか?」
「うん」
「じゃ俺も。アイスは?」
「今はいい」
 諏訪越しに、こちらを見ている女子高生が視界に入った。気まずすぎる。
「もういいの?」
 私の言いたいことはすぐに伝わったようで、ああ、と彼女の方を向いた。
「んじゃ、またな」
 手を上げて、さっさとお酒コーナーへ向かう諏訪。その様子を目で追っていると女子高生と目が合って、会釈をして諏訪のあとを追った。……可愛らしい子だったな。目が合った時、とても動揺していた。
「ボーダーの子?」
「おう」
 諏訪はほとんど迷うことなくビールをカゴに入れ、いつものように「もう買うもんねーか」と私に問いかける。返事を聞くとすたすたとレジへ向かい、あっという間に店を出た。

 コンビニを出て、来た道を歩く。やっぱり夜はまだ寒くて、肩にぎゅっと力が入る。
 諏訪ってモテるんだな。恋人の私が言うのもなんだが、特別顔がかっこいい訳でもなければガサツで煙草だって吸ってるし、モテる男ではないと思っていた。いや、すごくいいやつなのは間違いないんだけど。女の子とも話すけどみんな友達って感じで、そういう空気になるってイメージもないから考えもしなかった。でも高校生からしたら大学生ってだけでかっこよく見えちゃうし、諏訪は結構しっかりしてて面倒見もいい。同じ環境にそんな先輩がいたら、うっかり好きになってしまうかもしれないな。それに同じボーダー隊員だったら、諏訪が近界民を倒すところを見たり一緒に戦ったりするんだよね。……いいなあ。
「私も年下のかっこいい男の子にちやほやされたい」
「はあ?」
「諏訪ばっかりずるいじゃん」
「なんだそれ」
 自分が知らない諏訪をあの子が知っていると思うとなんだかすごくうらやましくて、つい憎まれ口をたたく。こんなこと言ったってどうにもならないのに。何も気付いていない本人は頭にはてなを浮かべている。
「むかつく!」
 肘で諏訪の脇腹を軽く小突いた。諏訪はなにも悪くないのに。「なんなんだよ」と呟いた諏訪が少し黙って、また口を開いた。
「お前……」
「なに」
「……いやなんでも」
「何笑ってんの」
 意味がわからなくてむっとした顔を向けると、手を握られた。訳のわからない言いがかりをつけられて、よく笑っていられるな。私が言うことじゃないけど。手を握りかえすと、それに気付いた諏訪がまた笑う。
「……諏訪って私のこと大分好きだよね」
「まあな」
 なーにがまあな、だよ。なんて心の中で突っ込みながら、やってくる唇を受け入れた。



20220408