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「二宮くんて、下の名前なんていうの?」
 じゅうじゅうと肉が焼ける音。こっちの方はそろそろいいんじゃないかな、どうかな。早く食べたい。トングを握る二宮くんを見ると、信じられないとでも言いたげな目をこちらに向けていた。
「……知らなかったのか」
「え、うん」
 だって初めて会った時から二宮って名前しか知らないし。そう言うと二宮くんは小さくため息をついた。知り合って数ヶ月、こうしてふたりで食事に行くような仲になればそれなりに彼のことを意識するようにもなる。だからこうして彼のことを知りたいと思ったのだけれど。
 共通の知人なんてほとんどいないから、二宮くんが誰に何と呼ばれているかなんて知らないし、クラスなんてないから名簿を見る機会もない。サークルの友人たちだってみんな決まったあだ名や名前で呼んでいるから、フルネームを知らなかった子はたくさんいる。大学生なんてみんなそんなものだろう。
「匡貴だ」
「まさたか」
「……ああ」
 二宮くんが私の皿へ焼けた肉を運ぶ。一枚、二枚、三枚。おいしそうに焼きあがったお肉たち。一気にテンションが上がり、思わずありがとう! と大きな声が出た。最近ずっと食べたいと思ってたんだよね。食べたいものを聞かれて焼肉と答えていいものか迷ったけど、言ってよかった。大勢で食べるのも楽しいけど、二人なら奪い合いにもならないし、ゆっくり食べられる。口へ運ぶと待ちに待ったおいしさが広がって、目尻が下がる。すぐにご飯を放り込んだ。
「おいしい……最高」
「そうか」
 次の肉を網にのせた二宮くんが皿にのせていた自分の分を口に入れる。ご飯を食べる所作が綺麗だなと思っていたけれど、焼肉を食べていてもどこかお上品さが漂っている。
「どんな字書くの?」
「何の話だ」
「名前の話」
 きちんと咀嚼を終えてから口を開く二宮くんはとてもお行儀がいい。今更だけど私なんかと食事をしていて大丈夫なのだろうか。食べ方が汚いとか思われてたらどうしよう。少し心配になってしまう。
「……匡正の匡に、貴重品の貴だ」
「きょうせい……」
 貴はわかる。きょうせいって、矯正? 強制? どちらもぴんとこなくて頭をひねっていると、二宮くんがスマホを取り出し文字を打って見せてくれた。"二宮匡貴"なるほど。
「あこれ! わかりました」
 先程言っていたきょうせいの意味はわからないけれど、とりあえず名前がわかったのでよしとする。
「まさたか。二宮匡貴」
「……」
「なんかかっこいいね、似合ってる」
 名は体を表すってこういうことを言うんだなと感心してしまう。なんかこう、声に出して読みたい日本語、みたいな。
 いつの間にか良い具合に焼けていた肉を、また二宮くんが皿へ運んでくれた。さっきから任せきりで申し訳ないなと思いつつ、結構世話焼きなのかもとほっこりしてしまう。どこか冷たくてつんとした印象だったけれど、こうしてふたりでいると優しい一面が見えたりして楽しい。ギャップにやられるって、こんな感じだろうか。
「二宮くんは私の名前わかる?」
 言ってから、またお肉を一口。二宮くんからはいつも名字で呼ばれるし、知り合ってからフルネームを名乗ったかどうかも覚えていない。私が知らないんだから二宮くんだって知らなくてもおかしくないよね。と、そんな軽い気持ちで聞いただけだ。それにしてもお肉本当においしい。ご飯おかわりしようかな。

「なまえ」

 突然呼ばれた自分の名前に、思わず動きが止まった。
「それぐらい知っている」
「……えっ、あ、すごいね……?」
 なんとか返事をしてグラスを空にすると、二宮くんがドリンクメニューを渡してくれた。悩むふりをして、メニューで自分の顔を隠す。やばい、心臓飛び出るかと思った……! だって、本当に呼んでるみたいに言うから!
 みんなが呼んでいる名前で、呼ばれ慣れているはずなのに。二宮くんに呼ばれてなんだかとてもどきどきしてしまう。なんとか心を落ち着かせようとしていると、二宮くんが店員さんを呼び止めた。やばい、まだ何飲むか決めてない。待たせてはいけないと、とりあえず同じものを注文した。どうしよう、二宮くんの顔が見られない。
「好きなのか」
「え!?」
「オレンジジュース」
「あ、ああ……ふ、普通?」
 飲んで失態を晒してはいけないと、なんとなくソフトドリンクを選んだだけだった。話の流れから明らかにオレンジジュースのことだとわかるのに、変な勘違いをしてしまう程には動揺している。
「……名前、なんで知ってるの」
 どきどきが治らないまま、平静を装って聞いた。
「いつもそう呼ばれているだろう」
「あそっか」
 確かに二宮くんの前で友人に名前を呼ばれたことはあると思う。けれど、そんなしょっちゅうではないはず。それでも覚えてくれたのか。単に二宮くんが物覚えのいい人なのかもしれないけれど、喜んでいる自分がいる。
「二宮くんも呼んでいいよ」
 なまえって。調子にのってにやりと冗談半分で言ってみると、二宮くんはそのまま黙ってしまった。
「……あの、」
「わかった」
 冗談だよ、と言おうとしたところに思わぬ返事が返ってきて驚いた。名前で呼ぶの? 本当に?
 彼にとって異性を名前で呼ぶことは大したことないことなのかもしれない。だとしたら私がこんなに動揺する必要はないのだけれど、どうにも気持ちを落ち着かせることができない。
「なまえ」
 食べないのか。平然とした顔で、新たに焼けた肉を私の皿へのせる。慌てて口へ放り込むが、きちんと味わうことができない。
 もう「それなりに意識している」では済まなくなってしまった。いつか名前で呼び合えるような、特別な関係になれるだろうか。



20220327