×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


 頭が痛い。ぼうっとする。冬用の布団をかぶっているのに寒気がするし、体が重くて起き上がれない。熱を出すなんていつぶりだろうか。
 カーテンから差し込む光が眩しい。寝転がったまま枕元のスマホを見ると、時刻はとっくにお昼を過ぎていた。あーあ、必修の授業休んじゃった。起きられたとしても行けなかっただろうけど。
 ロック画面には通知がいくつか。どうでもいい広告と、荒船からメッセージが来ていた。
"今日、夜空いてるか"
 思わずうぅ、と声が漏れる。なんで今日なんだ。普段なら飛び起きてすぐに空いてる! と返事を返すのだけれど、この調子で会うのは無理だ。せっかく荒船と会えるチャンスだったのに。荒船が誘ってくれたのに。
"熱あるから会えない"
 会えるものなら会いたい。しんどい時こそ荒船にいてほしい。けれど、彼を呼べばうつしてしまうかもしれないし、ボーダー隊員として普段から健康管理に気をつけている荒船に迷惑はかけられない。
 体温計、どこだっけ。ずきずきと痛む頭を働かせて思い出そうとするけれど、全然思い出せない。そして気付いた。一人暮らしを始めてまだ一年も経っていないこの部屋に、体温計なんてあるはずがない。もう何度でもいいや。寝たら少しは下がるだろう。必死に掴んでいた意識を手放した。
 
 再び目を覚ましてもまだ意識はぼうっとして、頭も痛い。少し汗をかいたから、多少は熱が下がったかもしれない。スマホを見るともう十六時になろうとしていた。ご飯食べた方がいいのかな、などと考えていると荒船からの着信が。画面をタップして耳にあてると、やっと出た……とため息混じりの声が聞こえた。
「ずっと寝てた」
「熱、何度あるんだ」
「わかんない、体温計ないし」
「マジかよ……」
 呆れながら「病院は」「薬は」「飯は」と次々投げられる質問答えると、また大きなため息が聞こえた。
「……今から家行く」
「いいよ、うつるし」
「んなヤワな鍛え方してねえんだよ」
 そんなこと言ったって、うつらないとは限らないよ。言い返す言葉が頭に浮かんだけれど、口に出すことができなかった。
「なんか食いてえもんとかあるか」
「何も食べる気しない……」
「……わかった。とにかく行くから」
「うん……」
 じゃあな、と通話が切れる。お昼に返事をしてから荒船からのメッセージや着信があったことに気付いた。気にかけてくれたことに嬉しくなる。早く会いたいな。けどやっぱりうつすといけないから、顔だけ見て帰ってもらおう。

 チャイムの音が鳴って、荒船が来たのだとわかった。まだ怠さが残る体をなんとか起こして、ベッドを降りる。少し汗をかいたせいかベタベタして気持ち悪い。荒船に臭いと思われたらどうしよう……着替えておけばよかった。いつもより重い体を支えるため壁に寄りかかりながら玄関へと向かった。
「まだつらそうだな」
 顔を見るなり荒船が言い、額に手が乗せられる。一瞬ひやりとして、じわじわと熱が吸い取られていく気がする。気持ちいい。
「病院行くぞ」
「え」
「タクシー呼ぶから準備して」
 言うやいなや荒船はスマホを取り出しどこかへ電話をかける。なんとなく耳を傾けていると十分後、と言うのが聞こえた。準備……着替えなきゃ。のろのろと部屋に戻ろうとすると、電話を終えた荒船が体を支えてくれた。
「保険証は」
「財布……」
「わかった」
 私をベッドに座らせて、コートと鞄を持ってきてくれる。
「着替えたい」
「そのままでいいだろ」
「汗、かいたから」
「……わかった」
 慣れた様子でてきぱきと替えの部屋着を持ってくると、「後ろ向け」と背中を向けさせられ、服を捲り上げられた。
「ほら、バンザイしろ」
「さむ……」
「汗冷えたら余計寒いだろ」
 有無を言わさず脱がされて、あっという間に着替えが終わった。臭いことがバレていませんようにとコートを肩にかけてくれる荒船に心の中で願った。
「これ。ちょっとでも食え」
「ありがとう」
 隣へ腰掛け、持っていた袋をガサガサと漁る。水やスポーツ飲料が入った袋の中から片手で食べられるゼリーを取り出し、蓋を外して渡してくれた。制服を着てるから、学校からそのまま買ってきてくれたのかな。そういえば制服姿の荒船は久しぶりに見た気がする。私が高校を卒業したくらいから、会う時はいつも私服になったから。着替える間も惜しんで来てくれたのだろうか。
 胸がきゅっとなって、少しだけ肩へもたれかかると背中を撫でてくれた。
「荒船やさしい……だいすき」
「はいはい」
 荒船のスマホが震える。タクシー、着いたのかな。


「俺が連絡しなかったらどうするつもりだったんだよ」
 一晩明けて、荒船が買ってきてくれた体温計で熱を測ると微熱、お昼頃にはもうすっかり平熱に戻っていた。そして現在、授業が終わって様子を見にきてくれた荒船にしっかりお叱りを受けている。あの優しい荒船は幻だったのだろうか。
「どうって……特に何も……?」
 正直に答えると「あのなあ」と大きく息を吐く。だって寝たらなんとかなると思ったから、なんて言うと火に油を注ぐことになってしまうので声には出さないでおく。確かに一人暮らしの家で体温計もない、薬もない、ではいけないとよくわかったので大人しくお説教を受け入れよう。
「そういうことはすぐ言ってくれ。心配するだろ」
「……え」
 てっきり「風邪くらい自分でなんとかしろ」とか言われるのかと思った。
「そんなに頼りねえかよ」
「……ううん」
 急に拗ねたような顔を見せる荒船がとても可愛くて、思わず顔がゆるむ。こんなにしっかりしているのに、私が頼りなく感じていると思っているのだろうか。荒船が居なかったら病院に行くこともできなかったというのに。
「いつも頼りにしてるよ」
「……そうかよ」
「私よりしっかりしてるじゃん」
「なまえさんがしっかりしなさすぎなんだよ」
 ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でて立ち上がる。もうボーダーへ行く時間か。引き止めたい一緒に居たい気持ちを抑えて、玄関へ向かう荒船の跡を追う。
「ちゃんと飯食って、早く寝ろよ」
「うん、ありがとう」
 キスがしたくなって、荒船の腕を掴み体を近付ける――が、直前で体をぴたりと止めた。しまった、病み上がりでキスなんかしたら良くないかも。
「ご、ごめん。今日はやめとく」
 慌てて体を離すと追いかけるように顔が近付いてきて、唇が触れた。
「じゃあな」
 びっくりしている私にふっと笑って、部屋を出ていく。ドアが閉まって静かになった玄関で、私の心臓の音だけが大きく鳴っている。――そうだ、鍵、しめなきゃ。「戸締りちゃんとしろよ」と口すっぱく言う彼を思い出して、また顔が綻ぶ。私にキスしたせいで風邪をひく、なんてことになりませんように。心の中で願いながら、部屋へと戻った。



20211206