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 お昼ご飯を食べていると、名前を呼ばれた。
「飯終わったら、家庭科室来て」
「え? あ、うん」
 声の主、三ツ谷隆くんは私に用件だけ伝えて、すぐに教室を出て行った。どうしたんだろう。一緒に食べていた友人たちから「何かあるの?」と言われるが、呼ばれる理由も、家庭科室にも思い当たる節はない。
「なんだろ、全然わかんない」
「告白だったりして!」
「え!? 絶対違うよ」
「でも三ツ谷くんと仲いいじゃん」
「そうかな」
 みんなと同じようなものだと思うけど。そう言うと彼女はそんなことないと思うけどなあ、と味噌汁に口をつける。そんなことを言われてしまうと少し浮かれてしまいそうになるが、三ツ谷くんとは隣の席になってから話すようになっただけで、特別私だけ仲がいいわけではない。それに三ツ谷くんって、よくわからないけど有名なチームに入ってる不良なんだよね? 不良の彼がいたって普通の私をどうこう思うはずがない。
 何が起こるのかは全くわからないけれど、行くと言ったからには家庭科室に行かなければ。先に出ていったから、待っているかもしれない。なんだか申し訳なくなって急いでご飯を平らげた。

 ドアを少し開けて、そっと中を覗く。三ツ谷くんは何やら教室の後ろにある引き出しを漁っているようだ。
「三ツ谷くん」
 呼ぶと、こちらに気付いた彼が「そこ座って」と荷物が置かれた机を指差した。あまり入ることのない教室はなんだかそわそわする。緊張しながら丸いパイプ椅子に座ると、三ツ谷くんがこちらへやってきた。
「手出して」
「手?」言われた通りにぱっと両手を開いて彼の方に向ける。すると「こっちだな」と呟いて、右の手首を握った。そのまま引き寄せられていく。えっな、なに……!?
「み、三ツ谷くん……?」
 状況が掴めず混乱していると、三ツ谷くんが気付いて「ボタン」と言った。
「ボタン……?」
「つけてやろうと思って」
 そこでやっと理解する。私の制服の袖。もともと二つ並んでついていたそれは随分前にひとつ外れて、ひとりで踏ん張っていたもう片方も昨日ついに取れてしまった。ばさばさと動き回る袖が邪魔で安全ピンで留めていたのだけれど、まさか気付かれていたなんて。
「い、いいよそんな。悪いし」
「気にすんな」
 引き寄せた手を机の上に置くと安全ピンが外され、取れた相手側のボタンの糸を切っていく。「俺が気になっただけだし」ボタンをつけてあげたくなる程みすぼらしい恰好だったのかと思うと、恥ずかしくなってきた。安全ピンではごまかせなかったらしい。
 全て外し終わるとちょっと形違うけど、とどこから持ってきたのか本来そこについていたものと似たボタンを取り出した。手慣れた様子ですいすい針を通していく。手芸部に所属していることは知っていたけれど、本当に普段からやっているんだなと感心する。すごいなあ。裁縫なんて家庭科の授業でしかしていないし、この制服のボタンだって親に頼もうとしていた。親に言ったら「自分でできるでしょ」と言われてしまったけれど。
 感心している間に、ひとつ目が終わった。同じようにもう片方も流れるように縫い上げていく。作業の邪魔になるかと思って黙っているけれど、三ツ谷くんは気まずくないのだろうか。話しかけた方がいいだろうか。やっぱり気が散るかな。三ツ谷くんはボタンが取れた女の子全員にこうやってつけてあげているのだろうか。……こんな2つともボタンが取れたままにしておく人なんていないか。普段から袖を留めていない子はいるけれど、留めている子はみんなきちんと両方の袖がボタンで留められている。あたりまえだ。
 黙々と作業をする三ツ谷くんを眺める。眉毛が切れていたり派手な髪色だったりでいかつい見た目をしているけれど、顔のつくりがとてもきれいだ。……やばい、なんかどきどきしてきた。密かに人気があるのも頷ける。イケメンっておそろしい。
「できたぞ」
「へっ? うわすご……めっちゃきれい」
 あっという間にボタン付けが完成していた。ぷちぷちと数回つけたり外したりしてきちんと機能することを確認し、きれいに留められた袖を三ツ谷くんに見せた。
「完璧です」
「だろ」
 にかっと笑う三ツ谷くんがなんだかとても可愛く感じて、またドキッとしてしまう。普段から気さくな人ではあるけれど、こんな真正面から笑顔を見たのは初めてだった。
「ありがとう」
 お礼を言うと、また「俺が気になっただけだから」と言う。本当に隙がないというかなんというか……!
「お礼に、なんか……ジュースとか買ってくるよ! 何がいい?」
 さすがにありがとうだけで終わらせるわけにはいかない。昼休みの時間も奪ってしまったし。三ツ谷くんはそれもいいと言ってくれたけれど私が譲らないので、折れてくれた。
 まだどきどきする胸に知らないふりをして、もう一度何にする? と尋ねると「俺も行く」と裁縫道具を片付け始めた。「そのまま教室戻った方が早いだろ」
 ふたり揃って家庭科室を出る。普段教室でも話しているのに、やけに緊張してしまって、いつも通りがわからない。ぎゅっと袖を握ると、たった今三ツ谷くんがつけてくれたボタンが手に触れる。隣を見ることができない。どうしちゃったんだ、私。
 


20210711