×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


「諏訪」
 窓を開けて、ベランダで一服している諏訪に声をかける。朝の光が眩しい。
「コンビニ行こ。お腹すいた」
 それ吸い終わってからでいいから。言うだけ言って窓を閉めた。諏訪が戻ってくるまでに日焼け止めだけでも塗っておこう。
 昨日は二人で飲みに行って、うちに来てからはそのままベッドへ一直線だったから家には飲み物しかない。諏訪も家を出るまでまだ時間があるし、ゆっくりご飯食べたい。そういえば諏訪って朝ごはんとか食べるのかな。こうして二人で朝を迎えるのは初めてのことだった。……断られなかったし、まあいっか。
 しばらくして諏訪がベランダから戻ってきた。鍵と財布だけ持って、ふたりで部屋を出る。
「……ヤンキー」
「善良な一般市民だっつの」
 私が貸したスエットに、ベランダ用のサンダルを履いた諏訪がいかにもという感じで笑ってしまった。スエットは男物だがサンダルは私サイズなので足がはみ出している。ベランダ用だからと適当に買ったぺらぺらのそれは、限界を訴えているようだった。
「一般ではないよね、ボーダーだし」
「余計善良じゃねーか」

 歩いて数十歩のコンビニに到着し、朝ごはんを物色する。とにかくお腹がすいたから早く食べたい。でも全部おいしそうなんだよなあ。迷っている間に、諏訪がカゴを持ってやってきた。
「えっそれだけ?」
「俺朝あんま食わねえんだよ」
 ガムと、パンが一個。いや逆にお腹すくやつでしょ。
「大丈夫なの? もっと食べなよ」
「親かよ」
 自分の分と、勝手に諏訪の分もカゴに入れる。全部自分がおいしそうと思ったやつだとは言わないでおく。余っても今日の夜にでも食べたらいいし。
「そういえば諏訪、歯ブラシとかないよね」
「ああ、」
 レジへ向かう前に気が付いた。一回家に戻ってからするつもりだったらしいけど、ついでだからと歯ブラシもカゴに入れた。なんか、恋人っぽい。
 どきどきしながらレジへ向かう。諏訪が番号を伝えて、店員さんが煙草を取り出している間に財布を準備していると「俺出すから」と制された。えっ何急に。今までずっと割り勘というか、自分の分は自分でというのがあたりまえだったのでかなり驚いた。「家賃」らしい。レジ袋も諏訪が持ってくれた。うわ、恋人じゃん。

 どきどきしながら部屋に戻って、ふたりでテレビを見ながら買ってきたものを食べた。あまりにもその光景が自然で、ずっと暮らしていたのかと錯覚してしまうくらいに諏訪は私の家に馴染んでいた。
 そろそろ家を出る準備をしなければ、と歯を磨いていると、諏訪も歯を磨きにやってきた。一人暮らしの狭い洗面台を二人で分け合う。うわ、恋人じゃん。今日何度目かの言葉が頭に浮かぶ。しゃかしゃかという音だけが流れるその空間に、やたら緊張してしまう。
「んん!?」
 突然、肩にずしんと重さを感じた。諏訪が私の肩に肘をのせて体重をかけてきている。肘掛けじゃないんですけど!? 鏡越しに抗議するが、素知らぬ顔をされる。仕返しに、開いた脇腹をドスッと一突きしてやったら、これは効いたようで肩の重みが消えた。脇腹に入ったときの顔、めちゃくちゃ面白かった。先程とは反対にむっとした諏訪と得意げな顔をした私が鏡越しに対峙する。やり返される前に退散しよう。すぐに口をゆすいで諏訪の横をすり抜けようとしたら、頭をわしゃわしゃと撫でられた。え、なに。そういうことする? 諏訪が急に変なことしてくるからこの場から離れがたくなって、背後から抱き着くなんてらしくないことをしてしまった。
 一人分の歯を磨く音と、自分の心臓の音が頭に響く。恥ずかしい、でも離れたくない。朝から何をやってるんだ私は。
 諏訪が口をゆすぐために動いたのがわかった。待って、恥ずかしい。すぐに諏訪から離れて部屋へ戻り、急いで鏡とメイク道具が入った箱を出した。諏訪が戻ってくる音がする。どぎまぎしながらも平静を装い、手の甲へ下地を出す。やば、出しすぎた。
 ちょんちょん、と頬へのせたところで名前を呼ばれた。「えっ、な、なに?」動揺してるのがバレバレだ。諏訪の方を向くことができない。すると肩をぐいっと引かれ、キスされた。
「すげー顔」
 唇が離れ、ふっと笑った諏訪がベランダへ消えていった。ちょっと待ってほんとに。諏訪ってこんな奴だったの? ヤリチンじゃん、心臓いくつあっても足りないんだけど。恋人の新たな一面に打ちひしがれていると、テーブルの上に置かれた煙草とライターが目に入った。……諏訪は今、煙草吸うためにベランダ出たんだよね? 
 もしかして、と思わず口の端が上がる。教えてやろうかな、「煙草吸わないの?」って。



20210523