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 目を覚ますと、ベッドがやけに窮屈に感じた。自分の家のはずなのに、と首だけ動かして辺りを見回すと、隣に見覚えのある金髪が。そうだ、昨日しちゃったんだ。
 頭の中で昨晩のあれやこれやが少しずつ再生される。……酔っていたとはいえ、積極的に行き過ぎたかもしれない。それでも、一晩経った今この男を見て胸がきゅっとなることは変わらない。むしろ、昨日より気持ちが大きくなっている気がする。
「……起きたか」
「えっあ、うん。おはよ……」
「はよ」
 仰向けになっていた諏訪がこちらを向こうと体を捩る。布団の隙間から冷たい空気が入ってきて、肌を掠めていく。しまった、私何も着てないんだった。諏訪がこちらを向く前に、慌てて体を反対側に向けた。
「オイ」「……はい」なんとなく不機嫌そうな、諏訪の声。
「もしかして覚えてねえ……ってこたねえだろうな」
「覚えてる! ちゃんと覚えてます」
 昨日、こうなる前に話したことだろう。もちろん全て覚えているが、どきどきばくばく、気恥ずかしさも相まって後ろを見ることができない。とりあえず服だけでも着たい。
「……後悔、してるか」
 隙間の空いた背中が、すっと冷えていく気がした。諏訪は私がそっぽ向いたように思ってしまったのかもしれない。
「っ、してない」
 ちゃんと諏訪としたいと思ったし、後悔なんてしていない。ちゃんと伝えなければと思って返事をしたのだが、諏訪からの言葉はない。「……諏訪?」沈黙が怖くなって様子を窺おうとした時、大きなため息が聞こえて動きが止まる。こ、これはどういう意味の溜息だろうか。
「お前……ビビらせんなよ」
「え? うわっ」
 お腹に腕が回ったと思ったら、後ろに引き寄せられた。両腕で力強く抱きしめられる。やっぱり、私が諏訪の方を向かないから不安にさせてしまっていたみたいだ。
「ごめん、あの……服、着てないから」私を抱きしめる手に、自分のを重ねる。
「恥ずかしくてその……ごめん」
 ちゃんと覚えてるし、後悔もしてないよ。もう一度言うと、小さく「おー」とだけ返ってきて、ひとまず安心する。
「風呂と服、借りた」
「うん」
「なあ、」
 重ねた手が、絡み合う。
「……この服、男物だよな」
「え? うん」
 諏訪が着ているのは私が普段から使用している部屋着だ。メンズの方がゆったりしていて快適なので、家で愛用している。サイズ的に諏訪でも着られると思ったのだが、小さかっただろうか。……ああ、もしかして。
「元彼のとかじゃないから大丈夫だよ。いつも私が着てるやつ」
「……そうかよ」
「心配した?」
「うるせえ」
 うなじに唇を寄せ、キスを落としていく。くすぐったくて身を捩ると胸に手が回った。
「あっ、ちょっと……ぁ、ん」
 どんどん体を諏訪の方に向けられ、唇も奪われる。服を着ていないとか、メイクがぐちゃぐちゃだとかどうでもよくなって、すぐに抵抗する気は無くなってしまった。開き直って、諏訪の体に腕を回す。入ってきた舌に嬉しくなって応えながら体をくっつけると、脚が絡まっていく。起きたばかりで何をしているんだ私たちは。まだ酔っているのかもしれない。
 諏訪が首元に顔を埋めて、下の方へ降りていく。体の中がうずうずし始めて、このままもう一度してもいいかなと思った瞬間、思い出した。
「ぁ、だめ!」
 思った以上に大きな声が出て、諏訪の動きが止まった。
「これ以上したら、あの……また、したく……なるから」
 太腿に、諏訪のそれがあたっている。
「もう、ないんだよね?」
 コンドームは昨日、諏訪が万が一に備えて持っていたひとつを使ってしまった。まさかポケットにふたつ目が入っているなんてことはないはずだし、これ以上はまずい。
「……わりい」
「いや私こそごめん」
 なんとなく気まずい雰囲気が流れる。とりあえず、お風呂でも入ろうかと思ったけれど、大きくなってしまった諏訪のそれが気になった。
「……私、しようか?」
 包むように触れると微かに反応を見せて、黙る。迷った末に「いや、…………やめとく」とやんわり断られた。午後からボーダーに行くらしい。
「防衛任務?」
「ああ、任務は夜だけどな」
「そっか。じゃあ私も同じくらいに出ようかな」
 4限があるし、そろそろ準備しよう。名残惜しく思いながらぎゅう、と最後に諏訪の体を抱きしめる。「10秒目閉じて」「は?」「お風呂行くから! 見ないでよ」明るいところで全身を見られるのは、まだ恥ずかしい。素早くベッドから出て、脱ぎ散らかした服を拾う。昨日二人とも適当にばらまいたはずなのに、ベッドの傍にまとめて置いてあった。私が寝ている間にやってくれたのだろうか。変なところ律儀だな。感心したと同時に、下着もがっつり見られてしまったことに気付く。比較的新しいものにしておいてよかった。


 お風呂から出ると、部屋には誰もいなかった。え、もう帰った? 私、諏訪と一緒に出るって言わなかったっけ?
 一瞬、"冷静になったら失敗だと思った"とか、"気まずくなった"とか考えたけれど先程の態度からしてそれはないはず……と自分に言い聞かせる。慌てて玄関を確認しに行くと、靴はまだあった。部屋に戻って、窓を開ける。
「よかった……いた」
 ベランダで煙草を吸っていた。
「もう帰ったかと思った」
「あー……わりい」
 よく見ると私が貸した服のままだった。部屋に残されていた服に気が付かなかったみたいだ。「部屋に煙入んぞ」と言われたので、窓を閉めて諏訪の隣へ行く。
 もうあったかいね、とか学校の近くにラーメン屋ができるらしいよ、とか他愛もない話をしていると、急に名前を呼ばれた。
「好きだ」
 こちらに一切顔を向けないまま、また煙草に口をつける。その仕草に、なんとなく照れ隠しが混じっているのが見えてくすくすと笑ってしまった。すぐに「オイ」と短い言葉が飛んでくる。
「笑うとこじゃねーぞ」
「あはは、ごめんごめん」
 少し赤くなった諏訪がとても可愛くて、愛おしい。自覚して、余計おもしろくなる。あの諏訪がかわいいって。
「私も好きだよ」
 煙を吐いたばかりの唇に、キスをする。驚く諏訪がおもしろくて、また声を出して笑った。
「なんか恥ずかしいね」
「うるせえ」
 照れくさいけれど、心地良い。あの時、付き合おうと提案したのは完全に勢いだったけれど、言ってよかった。諏訪の隣は、絶対私がいい。シラフで恥ずかしい言葉ばかり浮かんで、本当にバカになってしまったかもしれない。まあ、諏訪と一緒にバカになるならそれもいいかな、なんて。



20210506