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 さっきからずっとドキドキ言っている。調子にのって手を繋ごう、なんて言わない方がよかったかもしれない。やっぱり離す? それはそれで名残惜しい気もする。
 ずっと友達だった諏訪と、キスしてしまった。どうして付き合おうなんて言ったのか、自分でもわからない。でも諏訪と遊べなくなって、代わりに知らない女の子が一緒にいるところを想像したらなんだかもやもやして、じゃあ私でいいじゃんって。気が付いたら口に出していた。キスしたことに後悔はしていない。けれど、少し歩いて酔いが醒めつつある今、なんだかとんでもないことをしてしまったのではないかと感じ始めている。
 隣を歩く諏訪はいつも通りで、この手は本当に彼のものなのか疑いそうになる。なんでそんな普通にしていられるんだろう。キスしたんだよ? 何も思わないのかな。それとも、諏訪はこういうことには淡泊なのだろうか。まあ急に態度が変わっても困るんだけど。
 節くれ立った手をぎゅっと握る。恋人がするような手を絡めるものではなく、親子のような繋ぎ方。今はまだ、これでいい。そのうち恋人つなぎになっていくのだろうか。ぼんやりと今後のことを考えて、ふと気付いた。今日、どうするんだろう。
 言葉に出して付き合おうとか言ったわけではないが、キスも手をつなぐことも拒否されなかった。これは付き合うことに合意と理解して問題ないと思う。いつも私の家の近くで飲むときは諏訪が送ってくれて玄関前で別れるが、つい先程、私たちは恋人になった。恋人であれば、私の家で一晩過ごしても何もおかしいことはない。そして諏訪はその行為について「いいのか」と聞いてきたし、私も了承した。つまり──今日、するってこと……?
 まずい、どうしよう。いやまずいことはないんだけど。今日下着どんなだっけ。いやその前に部屋片付けないと。でも相手は諏訪だからな……。頭の中が一気に忙しくなるが、何も決まらないうちに家に着いてしまった。いつもなら足を止めることなく「ありがとう、お疲れ〜」で解散だ。
「……ありがとう」
 なんとなく手が離せなくて、ふたりの足が止まる。
「うち、上がってく……?」
「はあ!?」
 大きな声に思わず体が跳ねた。え、私なんか間違えた?
「意味わかってんのかよ……」
「わかってるつもりなんだけど」なんとなく口にしない方がいいかと思ってその単語は避けているが、私だってもう成人した大人だ。諏訪の言っていることくらいわかる。
「どうする?」
 諏訪は三秒ほど黙ってから、口を開いた。
「今日はやめとく」
「わかった」
 借りたままになっていた上着を脱いで、持ち主に返す。諏訪、帰っちゃうんだ。別にセックスがしたい訳ではないけれど、なんだかこのまま別れるのはもったいない気がした。上着がなくなって、寒くなったせいかもしれない。「うお、あったけえ」私とは反対にぬくもりを手に入れた諏訪の袖を掴む。軽く引っ張ると少し動揺を見せて、顔が近付いてきた。
 遠慮がちに押し付けてきた唇を受け入れて、離れる。目が合って、今度はこちらからいくけどすぐに離される。くっつけては離して、それ以上へは進まない。こちらの反応をうかがうようなキスにだんだんもどかしくなって、つまんでいた裾をまた引っ張った。
「……んぅ、」
 期待通りの深いものになっていき、気分を良くする。もっとほしい。もっと、諏訪を知りたい。舌が入ってきて、腰のあたりがぞくっとした。あまり丁寧とはいえないそれが何故かとても心地よく感じる。どうしよう、やめられない。袖を掴んでいた手が諏訪の体へのびる。……あ、やばい。
「……っくしゅん!」
 この状況でまさかのくしゃみ。空気を読んでくれないかな、私の体。なんとか直前に顔を離し、諏訪に鼻水をぶっかけることは回避した。が、代わりにとんでもなく気まずい沈黙が流れる。
「……わりぃ」
「いや、私でしょ」
 諏訪が何に謝ったのかはわからないが、さすがにくしゃみはない。
「早く家入って寝ろ」
「えっ、うん」
 エントランスに押し込むように背中を押され、体がドアに向かう。オートロックを解除しながら「おやすみ」「おー」と言葉を交わして、あれよあれよという間に解散した。

 オートロックを抜け、階段をとぼとぼ上がっていく。──危なかった。あのまま続けていたら「しよう」とか言ってしまっていたかもしれない。諏訪がうちに来なかったってことは、まだしたくないってことだよね。断られたのにまた誘うところだった。思い出すと恥ずかしくて、顔がかっと熱くなる。
 諏訪相手にこんなことになってしまうなんて、完全に予想外だった。まだどきどき言ってる。相手は諏訪なのに。帰るって言った時、ちょっと残念だと思った。何もしなくていいから居てよって、言いそうになった。今までこんなことなかったのに。キスひとつで? 自分が信じられない。
 部屋に入ると疲れがどっとやってきた。化粧も落とさず布団へ入ったのに頭の中が諏訪でいっぱいで全然寝られなくて、結局起きてお風呂に入ることにした。いずれこの家に諏訪が来るかもしれないと思うとそわそわして落ち着かない。来るかどうかはわからないけれど、いつ来てもいいように掃除だけはしておくか。


20210506