卒業式も終わり、部活の後輩や友達と写真を撮るのを早々に切り上げて教室へ戻ると、水上が荷物をまとめていた。お疲れ、と声をかけて自分も荷物をまとめる。空になった引き出しは、もう私のものでなくなることを主張しているようで少し寂しい。この教室ともおさらばだ。 「もう帰るの?」 「おー。みょうじは? 誰か待ってんの?」 本当におさらばする前に、やっておかなければならないことがある。そのために早く教室へ戻ってきたのだから。今日もし二人になることがあったら、絶対にやると決めていた。そんな都合よく二人になることなんてないだろうなと思っていたのに、ふたりきりになってしまった。逃げるなってことなのかもしれない。とにかく、私は私の気持ちにケリをつけなければならない。 ずっと好きだった。多分、フラれる。でも卒業しちゃったらきっともう会えないし、どうせ報われないなら、言うだけ言ってすっきりしようと決めた。 気付かれないように大きく息を吸って、震えないように声を出す。 「水上」 なんや、と気の抜けた声が返ってくる。 「あのさ……私、やり残したことがあって」 「うん」 「告白、しようと思って」 「……おお」 しまった、何を言っているんだ私は。これじゃあ水上じゃない誰かに告白しようとしているみたいじゃないか。 「ええやん、頑張ってな」 案の定勘違いした水上は「邪魔者は帰ります〜」と席を立つ。 「ちっ違う! 間違えた」 「なんやねん、照れてんの?」 「違くて……」 好きだと伝えたいだけなのに、何から言えばいいのかわからなくて言葉が出てこない。もたもたしていると水上が「ああ、」と何か思いついたように言った。 「連れて来いとかそういうこと?」 誰? そいつまだ学校いる? どんどん話を進めていく。待って、違う。誰も連れてきてほしくない。 「水上」 「ん?」 「水上だから」 「何が?」頭上に思いきりクエスチョンマークを浮かべている。ちゃんと、言葉に出さなきゃ。 「私がすきなの、水上だから」 言った。とうとう言ってしまった。心臓が急に走ったみたいに苦しい。静まりかえった教室で、自分の心臓の音だけが聞こえる。水上にも聞こえているかもしれない。 沈黙が続く。水上は固まったまま動かない。何か言ってよ。はいでもいいえでもいいからさあ。沈黙に耐えきれず逃げてしまおうかと考えていると、水上がようやく口を開いた。 「……ほんまに言うてる?」 卒業式でこんな嘘つく人なんかいないよ。「本当」 「嘘やったら俺泣くで」 「泣きたいのはこっちなんだけど」 これだけ言ってもまだ「え、どういうこと?」「ほんまに?」と言う水上。私の気持ちに気付いていないのはわかっていたが、そこまで疑う? 確かに露骨なアピールは避けてきたから嘘だと思うかもしれないけど。本気なのに。ずっと好きだったのに。なんだか悲しくなってきた。そんなに私の言うことが信じられないのだろうか。 「……もういいです」 「は? ……ちょお、待てって!」 その場を立ち去ってしまおうと廊下へ出ようとすると、ドタドタと追いかけてきてドアの前で引き止められた。 「いやあの、ごめん、ちゃうねん」 「こっちこそごめん、忘れてください」 「ちゃうねんて、ほんま」 何が違うのだろう。これ以上話してもつらいだけだから早く帰りたい。掴まれた腕がじんじんと腫れたように痛い。 「俺もやねん」 「なにが」 「俺も……好きやねん、けど」 頭の中で水上の声がこだまする。俺も? 好き? 水上が? 「……うそだ」 「嘘ちゃう」 「信じられない」 水上からそんな空気がなかったのもあるけど、たった今私が誰かに告白するのに協力するで! みたいなこと言ってなかった? 普通嫌じゃないの? ていうか好きなのに何も言わずに卒業しようとしてたの? 水上の言動が理解できずに困惑してしまう。 「信じていただかないと困るんですが」 「……訳わかんないんだけど」 「わかってください」 「だってさっき、連れてくるとか……」 「それはほんまにちゃうねん」 みょうじは鋼が好きなんやと思ってた。ぽつり、水上がこぼした。 「なんでそうなるの……」 「鋼とよう話してたやん」 確かに鋼くんともよく話すけれど友達の域を出ないし、彼は人当たりがいいから私だけでなくみんなと打ち解けられる。それどころか鋼くんには私の気持ちはバレバレで、卒業式後に頑張れと喝を入れてもらったところだ。 「それにあいつ、めっちゃええやつやし」 それはとても同感だが、私が異性として好きなのは水上なのだ。「俺が女なら惚れてる」知らないよ。 「鋼やなかったとしてもまさか俺やと思わへんやん」 「なんで」 「いや普通に生きてて"あいつ俺のこと好きなんちゃ〜ん!?"とかならへんやろ」 おどけて言うのがおかしくて、なんだか力が抜ける。こういうところが水上だよなあ。好きなところでもあるけれど、ちゃんと自覚してもらわなくちゃ。 「私が好きなのは水上だよ」 「……あかんやろ」 ぷいっと顔を背けた水上が、ゆっくり深呼吸をしてまたこちらを向く。軽く咳払いのあと、名前を呼ばれた。 「好きや」 「……うん」 「付き合ってください」 水上の声がじわじわと胸に溶けていく。どきどきしてこそばゆくて、でも安心する。私の腕を掴んだままになっていた水上の手に、私のそれを重ねた。 「うん」 絶対ふられると思った。水上は私のことなんか全然好きじゃないと思ってたのに。嬉しくて顔がゆるんでしまう。 「あかん、俺ほんまにダサいわ」真っ赤になった水上が、また顔を逸らす。見たことのない水上が目の前にいる。好きだなあ、思い切って告白してよかったな、と胸の中がいっぱいになる。 「ダサくないよ」 「やめろ、余計恥ずいわ」 甘ったるい空気が流れて、流石に私も恥ずかしくなってきたところで、廊下の奥から話し声が聞こえてきた。水上も気付いたようで、目が合う。 「……帰るか」 「うん」 水上が鞄を取りに席へ戻る。掴まれていた腕が解放されて、またどきどきしてきた。 「行こか」 いつも歩いていたこの廊下も、今日でおさらば。最後に見た校舎は、今までとは全然違って見える。我ながら単純だなと思いながら隣を見ると、難しい顔をした恋人。 「どうしたの」 「いや……ほんまに夢ちゃうよなこれ」 「確かめようか?」 「遠慮します」 ふざけてビンタのフリをすると、すかさず手で壁をつくられた。 私だって信じられないけど、何度手の甲をつねっても痛いし、水上の反応を見ていたら本当なのかもって思えてきたんだよ。今まで隠してきた分、恥ずかしいけどたくさん伝えていこう。まずはそうだな、手を繋ぐところから。 20210403 |