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 春といえど夜はまだ少し肌寒くて、自分の腕をさする。薄手の服はまだ早かっただろうか。
「寒いなら帰るか?」
「ん〜まだいける」
 諏訪と居酒屋を二軒ハシゴした帰り道、私の「花見がしたい」の一言で近所の公園までやってきた。もちろんコンビニで調達した缶ビールとつまみを携えて。肌寒くはあるが凍えるほどではないし、ビールだってまだ少し残っている。
「風邪ひくぞ」
「バカだからひかないよ」
「自分で言うかそれ」
 羽織っとけ、と自分が着ていた上着を脱いで渡してくれる。まさかの行動に驚いて「やっさしい〜!」少しふざけた調子で言うと、「バカにしてんのか」と言われた。
「してないしてない。ありがとう」
「どういたしまして」
 言いながら、空き缶に煙草を押し付ける。次の一本が吸い終わるまでには飲み終わるかな。そしたら帰ろう。受け取った諏訪の上着を肩にかけると、微かに煙草に混ざっていい匂いがした。柔軟剤とはまた違う、男のにおい……というと臭そうだけど、私は結構好きだ。
 これが諏訪の匂いか、なんて。意識したこともなかったな。普段そんなに近付くことなんてないから当然か。私たちは恋人でもなんでもない。ただの友人だ。
「……諏訪さあ、彼女つくんないの?」
「はあ?」
 なんだいきなり。新しい煙草を取り出す手が止まる。
「私とばっかり遊んでるじゃん」
「みょうじ以外とも遊んでるわ」
「え! 女の子!?」
 びっくりしてベンチに預けていた背中を起こす。初耳なんですけど! どこの誰? なんで教えてくれないの。矢継ぎ早に思ったことをぶつけると「いや、男だけど」と返される。なんだ、つまんない。どうせボーダーの人たちでしょ。
 常に私と一緒にいるわけではないけれど、諏訪が女の子と遊んでいるのはあまり印象にない。たまに大学で男女複数人でいるところも見かけるが、彼女たちもボーダー関係者だ。まああの中の一人と付き合うこともありえないことはないだろうけど。
「諏訪に彼女かあ」
「いねえよ」
 今はいなくてもいずれできるだろうな。諏訪はガサツだけどいい奴だし、一緒にいて楽だし、楽しいし。今だってこんな遅くまで私のわがままに付き合ってくれている。
「……諏訪に彼女できたら、こんな風に遊んだりできないよね」
「かもな」
「えー……やだ」
「……なんだそれ」
 諏訪と遊べなくなるのはいやだ。諏訪以外にも友達はいるけど、諏訪の代わりにはならない。この関係は続けられても彼女はよく思わないだろうし、きっとそのうち会う回数も減っていく。想像したら急に悲しくなって、紛らわすようにビールを呷った。
「でも彼女はほしいよね」
「そりゃ人並みには。今はそこまででもねえけど」
 今はそこまでと言ったって、その気持ちがいつまで続くかはわからない。というかどうせ格好つけているだろう。諏訪との関係がなくなるのは嫌だけど、諏訪は彼女がほしい。この矛盾をなんとか解決できないかと、既にあまり働いていない頭で考える。ーーそうだ。
「私が諏訪と付き合えばいいんだ」
「……はあ?」
「私は諏訪と遊べて、諏訪は彼女ができる。一石二鳥じゃん!」
 私、天才かもしれない。落ち込んだ気分が一瞬にして晴れていく。これはベストな答えでは? 興奮する私とは反対に、諏訪は「お前なあ……」と眉間に皺を寄せている。
「いや?」
「嫌っつーか……」
 咥えていた煙草を深く吸い込み、向こうをむいて煙を吐き出した。そわそわしながら言葉の続きを待つ。
「付き合ったら……色々、することあんだろ」
 "色々"の内容は、言われなくてもすぐにわかった。私とはしたくないってことだろうか。それはどうしようもない問題だからなあ。やっぱり付き合うのは無理か……と考えていると「お前は嫌じゃねえのかよ」諏訪がぼそっと呟いた。
「う〜ん、どうだろ」想像してみるが、よくわからない。「試してみる?」
「正気かよ。……っおい、」
 顔を近付けて煙草を奪おうとすると、すぐに避けられてしまった。流石ボーダー、反射神経がいい。……いや違う。
「やっぱ嫌なんじゃん」
「急に来たらビビるだろ。つか危ねえ」
「急じゃなかったらいいの?」
「……本気でやんのか?」
「うん」
 だってそれ以外思いつかないし。引く気がない私に観念したのか、ため息をついて、まだたくさん白いところが残っている煙草を缶に押し付けた。
「後悔すんなよ」
「しないよ」
 苦い顔で軽く舌打ちをした諏訪の顔が近付いてくる。え、諏訪がするんだ。ちょっと待ってドキドキしてきた。緊張を誤魔化すように、慌てて目を瞑る。すぐにカサカサしたものが触れて、少しだけ押しつけてから離れていった。心臓がずっとうるさい。
 諏訪とキス、しちゃった。
「……どきどきする」
「飲み過ぎだ」
 手に持っていた缶を奪われ、ぐいっと一気に飲み干されてしまった。それ私の、と言う前にまた口を塞がれる。


20210314