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「クリスマスせえへんの!?」
 一週間前、食堂で生駒が声を上げた。
 付き合って三ヶ月。初めての彼氏。初めてのクリスマス。正直浮かれそうになった。しかし、今まで彼氏いない歴イコール年齢だった私は「クリスマスなんてただの平日」と落ち着いた人間を装うことでクリスマスの寂しさからどうにか逃げてきたこともあり、素直に恋人とクリスマスを楽しもうという気になれなかった。家でいつもよりちょっと豪華なご飯が出て、親が買ってきたケーキを食べる。プレゼントなんて小学生までだった。それがクリスマス。大学に進学して一人暮らしとなった今は、私には関係のない行事だ。だから生駒に「クリスマスどうする?」と言われても「バイトだけど」と返すのは何もおかしいことではない。
「信じられへん……クリスマスやで?」
「クリスマスだから人手がいるんだよ」
「わかるけども」
 わかりやすくショックを受ける生駒に、そんなに楽しみにしていたのかと少し申し訳なくなる。もしかして、生駒はボーダーの任務を断ったりしたのだろうか。
「バイト何時に終わんの?」
「23時」
「ほなバイト終わったら家行くわ」
「え」
「あかん?」
 いやあかんことはないけど。生駒は防衛任務とか用事は無いのかと聞くと「断ったに決まってるやろ」と返される。これは何も言えない。私のひねくれた意地より生駒への罪悪感が勝ち、初めての彼氏との初めてのクリスマスが決行されることとなった。


 そしてやってきた12月24日。バイト中はやけに時計を気にしてしまって、このあとのことを意識しているのが恥ずかしくなった。生駒から「食いもんとかは俺が全部用意するからみょうじはバイト終わったらすぐ帰ってきてな、いや迎え行くわ」と言われていたためまかないを断ると、それを聞いていたバイト仲間から揶揄われてなんだか気恥ずかしかった。

「お疲れ様でしたー」
 バイトも無事終わり、店を出て生駒と合流する。外はちらちらと雪が降っていて、生駒の頭が少し白くなっていた。
「お疲れ」
「お疲れ。ごめん、寒くない?」
「大丈夫やで」
「わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに」
 いつも一人で帰っているし、生駒がご飯を準備するなら家で待っていた方がよかったのではないか。そのために鍵を渡しておいたのに。
「……はよ会いたかったし」
 生駒は時々こうして私を困らせる。大きくて真っ直ぐな感情に、全部ぐちゃぐちゃに溶かされてしまいそうだ。照れ隠しに笑って「クリスマスだから?」と言うと「浮かれてんねん」と私の手を握った。
 二人で歩く帰り道はあっという間で、たまに生駒が口ずさむクリスマスソングが足取りを軽くする。恋人がサンタクロースなんてよく言ったものだ。まさに生駒のことだと思った。

 家に入ると二人で手を洗い、「飯あっためるからはよ着替えてき」と母親のように言われるがまま部屋着に着替えてキッチンへ向かった。
「なんかすることある?」
「チンするだけやし座っててええで」
 自分の家なのに何もすることがなくてなんとなく落ち着かないが、お言葉に甘えてこたつに潜ることにした。電源を入れたばかりなので冷たい。さっきまで握っていた温かい手が恋しくなって、こたつ布団に顔を埋めた。
「眠い? ごめんなバイト終わりに」
「違う違う、寒かったから」
 手に某ファストフード店のフライドチキンを持った生駒がこたつへとやってくる。「ベタだね」「ベタがええねん」
 生駒もこたつに入ったところで、コーラで乾杯する。いつものキリッとした顔で「メリークリスマス」と音頭をとる生駒はなかなかにシュールだった。
 それからいつものようにテレビを観ながらチキンを食べて、いつものようにどうでもいい話で笑って、生駒が買ってきたでっかいホールケーキを二人で食べた。もちろん全部は食べきれなくて「完全調子乗ったわ」と言う生駒がおかしくて、声を出して笑った。
「……幸せや」
 ケーキを冷蔵庫にしまってこたつに戻ると、生駒がぽつりと呟いた。
「俺、クリスマスに彼女とクリスマスバーレルとケーキ食うの夢やってん」
「……叶ったね」
「うん。彼女とクリスマスってこんな楽しいねんな」
 しみじみ言う生駒に、またきゅんと胸が鳴る。こんながっしりした男なのに可愛いと思ってしまうなんて、私も相当だな。
 手をついて生駒の元へ近付く。今日、生駒が誘ってくれてよかった。私もクリスマスがこんなに楽しいなんて知らなかったよ。口にはできない代わりに想いを伝えたくて、唇を押しつけた。一回、二回とくっつけると、どんどん深くなっていく。いつもより甘く感じるのは、ケーキのせいだろうか。たくさん味わって、名残惜しく唇が離れる。
「……もう一個夢あんねんか」
「なに?」
「ちょっと言って欲しいことあんねんけど」
 ちらちらと目を泳がせて、遠慮がちに言う。何が言いたいのかすぐわかった。この状況で生駒が考えることなんて一つしかない。
「…………"プレゼントは私"?」
 わざとらしく目を見て言うと、「やば……」と片手で顔を覆った。普段なら恥ずかしくて絶対言わないような台詞がすっと出てきた自分に驚く。これもクリスマス効果だろうか。ここまできたらとことんやってしまえと、思い切り生駒に抱きついた。
「……あかん、死にそう」
「死んだらあげない」
「それは無理」
 すぐに逞しい腕に抱きしめられる。ただのバカップルだと頭の片隅で誰かが言ったけど、すぐに遠くへ追いやった。私の捻くれた意地も何もかも、生駒は溶かして消し去ってしまう。
「来年はバイト入れないでおくね」
「ほんま? 楽しみや」
 一緒にいるかもわからないのにもう来年のことを口にしてしまうなんて、本当にどうかしてる。どれもこれもクリスマスのせい。クリスマスが楽しいものだと思わせた生駒のせい。全部生駒のせいだ。



20201224