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※大学生設定


正面から受ける風がこの土地特有の蒸し暑さから解放してくれる。四条通りは少し前まで人がぎゅうぎゅうに詰まっていたとは思えないほど閑散としていて、いつも通りの夜を迎えていた。

「あっついな〜ほんま」
「そう?」
「フルフェイスやばいで」

バイト仲間の宮くんが信号待ちで私の横に並んだ。中型のバイクに乗る彼はTシャツに膝上までのパンツという涼しげな格好(危ないとは思う)とは反対に、顔が全てヘルメットで覆われている。
シフトが一緒の時は、こうして一緒に帰ることが当たり前になっていた。原付に乗る私なんかすぐ抜き去っていけるはずなのに、「どうせ信号に捕まるし」と少しだけゆっくり走ってくれて、信号待ちでこうして会話をする。

「それにしても今日最後エグかったわ」
「途中まですっからかんだったのにね」

今日は宵山で、屋台が出ている間は全くと言って良いほどお客の入りが悪かったが、屋台が終わる時間になってどっと押し寄せて来た。入店時に閉店時間を伝えたにも関わらず居座るお客が多く、おかげで店を閉める時間もいつもより遅くなってしまった。

「あーあ、私も屋台とか行きたかったな〜」
「一緒に行く相手おんの?」

どういう意味?!と言う前に信号が青になり、ムッとしたままアクセルを回す。一緒に行く相手…居ないことはない。女友達と行けば良いんだし。しかし宮くんが言っているのはそういう意味ではないということはもちろんわかっている。

「怒った?」
「怒ってません〜」

再び信号が赤になり、ブレーキを握る。隣でガタンとギアを落とす音が聞こえた。「絶対怒ってるやん」と言う宮くんの表情はヘルメットに隠されてわからないが、絶対に笑っていると思う。私のことをからかっていますけど、私が一緒に行きたいのはあなたなんですよ。

「お祭りで屋台とかお酒飲んだりするの楽しいじゃん」
「せやな」
「パーっと飲みたいな〜」
「ほな今から飲む?」
「もう店やってなくない?」
「俺んちでもええで」
「え、」

思わず言葉が止まってしまう。するとまた信号が青になり会話が中断された。た、助かった…びっくりしてどう返せば良いのか迷ってしまった。宮くんちって一人暮らし、だよね?
二人で飲みに行ったことは初めてではない。けれど宮くんの家に招かれるというのは初めてで少し動揺してしまう。
宮くんは人の好き嫌いが結構はっきりしている…と思う。その彼が誘ってくれているので私をよく思ってくれているというのはわかるのだが、友達として、ということで良いのだろうか。それとも誰でも家に入れたりするタイプなのか。宮くんはどういうつもりで言っているのだろう。どうせ私相手にあまり深い意味は無いんだろうけど。自分で言ってて悲しくなる。

「明日授業あんの?」
「えっ、あ、無い」
「ならええやん。俺も明日授業無いから寝てってええで」

練習行くから昼過ぎには家出るけど。そや、うち住人しかバイク駐められへんねん。みょうじのバイク家に置いていき。どんどん話を進める宮くん。…違う大学で良かった。明日、本当は午前の授業があることに気付かれなくて済んだから。
結局宮くんの家で宅飲みをすることになったのだが、宮くんと私の家は一駅分だけ離れている。原付を置いたら宮くんの家まで歩いて行くと提案したが却下され、二人で私の家まで行って原付を置いた後、宮くんの家まで二人乗りで向かうということになった。私が歩いている間、待つのが嫌ということらしい。せっかちだな。

「お願いします」
「あいよー」

リアシートに跨り、自分の後ろにあるピンと立った尻尾のような所を掴んで乗れたことを伝えると、行くでという声と共にバイクが動き出す。目の前には宮くんの広い背中。前屈みでハンドルを握っているため、少し丸まっている。……触りたい。目の前の背中に思い切りしがみつきたい。お腹のところに手を回したい。彼女だったら、思い切り抱きしめることができるのに。今この瞬間、誰よりも宮くんに近いはずなのに、触れることができないことにもやもやする。友達というこの距離がもどかしく感じるけれど、さらに縮めようとする勇気はない。代わりにプラスチックか何かよくわからないバイクの尻尾を強く握った。

宮くんの家にはすぐに着いた。バイクを駐めて二人でお酒とおつまみを買うためコンビニへ向かう。いつも通りを装ってはいるが、この後家で二人きりになることを意識せずにはいられない。一方の宮くんはいつも通りで、やっぱり彼にとって家に人を入れることはあまり特別なことではないのだろう。

「宮くんはよく宅飲みとかするの?」
「いや全然」

わかってはいるけれど、どうしても気になって聞いてしまった。心臓はバクバクしているのにいつものテンションで話しかけられている私、実は結構すごいんじゃ?宮くんはおつまみをぽいぽいカゴに入れながら答える。

「後片付けとかダルいやん」
「あー確かに。家に呼んだりもしないの?」
「せえへん。そんな仲良くないやつ家に入れるんも嫌や」
「私は良いの?」
「…わからへんの?」

にやりとこちらを向いた。「もうええやろ」と私を置いてレジへ向かう宮くん。慌てて後を追う。
会計が終わったのでレジ袋を持つとすぐにそれは奪われ、代わりに大きくて分厚い手に掴まれた。

「…」
「どしたん?」
「いや、何でも…」

宮くんの行動はいつも突然で、何を考えているのか未だによくわからない。当たり前のように繋がれたこの手は、宮くんにとってどんな意味を持つのだろう。私はこの手を握り返しても良いのだろうか。「触れられる関係」に、なっても良いのだろうか。


20190715