※報われない イコさんの彼女はかわいくて、人懐っこくて、よく笑う。イコさんとは同じ大学で、同じ授業を取っていて知り合ったらしい。先に惚れたイコさんが猛アタックの末付き合い始めた。イコさんが彼女のために頑張って来たのはよく知っている。ずっと相談に乗っていたから。 私はイコさんが好きだった。 もちろん今も。私はずっとイコさんが好きだ。しかしこの想いを伝えることはできなかった。同じボーダー隊員として、今の関係を壊すことはできない。 私が想いを伝えることで関係が崩れて気まずくなって、ボーダー内で会った時だけでなく任務に支障が出る可能性はゼロではないからだ。イコさんはきっと私が気持ちを打ち明けても私によそよそしい態度をとることはしないと思うが、万が一を考えるとどうしてもできなかった。もし付き合えたとしても、別れてしまったら? 自分たちは何も思っていなくても周りに気を使わせてしまうかもしれない。近界民と戦う私たちにとって、お互いライバルであり仲間であって、色恋沙汰の対象ではないのだ。そう思い込むようにしていた。 正直、好きな人ができたと聞いた時は今まで告白しなかったことを後悔した。好きな人ができる前に私が想いを伝えていれば、イコさんは私を好きになってくれていただろうか。考えても無駄なことはわかっていた。わかっていたけれどやめられなかった。私を見て欲しかった。自分から友達を選んでおいて勝手だとは自分でもわかっているつもりだ。 イコさんの恋を応援しようと決めた。 イコさんが幸せでいることが一番だと思ったからだ。本心は……違ったかもしれないけれど。そう思い込むしかなかった。イコさんが私に彼女について話すのを聞くのはとても辛かったが、私に話したいと思ってくれていることは嬉しかった。よくボーダーの同い年メンバーを集めてみんなでイコさんの恋愛相談に乗った。一人で聞くよりみんなでいた方が気が紛れるから。迅がみょうじはそれで良いのかと聞いて来た。良くないに決まっていた。 付き合うことになったと言われた。とても嬉しそうに笑っていた。みょうじのおかげだと、ありがとうと言われた。イコさんの力だよと言った。実際その通りだからだ。おめでとう、良かったね、と言った。友達の振りも慣れたもので、我ながら自然な友達の顔ができていたと思う。帰ってから今までにないくらい泣いた。 「彼女な、浮気しててんか」 突然だった。 彼女に対して、私からイコさんを取っておいて何をやっているんだと自分勝手な気持ちと、それと同じくらい喜んでいる自分がいた。 「……別れたの?」 「いや、別れてはないねんけど…」 「は? なんで」 「寂しかったって言われてん。俺のことは好きやから別れたいとかちゃうねんて。……浮気相手とももう連絡取らへん言うてるし」 「……」 「俺にも悪いところはあんねん」 寂しいなんてそんなの嘘に決まってんじゃん。どこまで良い人なの。そういうところが彼の良いところだということはわかっているが、こればっかりは腹が立つ。 イコさんと付き合ってて寂しい訳ないじゃん。イコさんがどれだけ彼女のこと好きか、どれだけ彼女を大切にしてきたか、ずっと見てきたんだから。 確かにイコさんは学校もボーダーもあるしずっと一緒に居られる訳じゃないけど、イコさんの想いは伝わっていたはずだ。任務の後みんなでご飯食べに行っても彼女が呼んでるからって途中で抜けたこと何回あったと思ってんの。彼女に夜中会いたいって言われたからってそのまま寝ずに任務に来たこともあった。トリオン体なったら余裕やでとか言ってたけど、任務終わって仮眠取ったら寝過ごして授業すっぽかしてたじゃん。 彼女はこれ以上イコさんにどうしろって言うの。仮に本当に寂しかったとしてもさ、こんなに誠実な人相手になんで浮気なんかできるの? 「寂しいって……言い訳にしか聞こえないよ」 「彼女のこと、信じたいねん」 「イコさんはそれで幸せなの? 浮気されたんだよ?」 今にも泣きそうな顔で小さくせやな、と呟く。そんな顔しないでよ。そんなになってまで一緒にいたいの? 付き合う必要あるの? 「っ私は、イコさんにそんな顔させない」 「……」 「そんな女より私にしなよ」 もう耐えられない。ボーダー内で恋愛がどうこう言ってる場合じゃない。あんな女にイコさんを任せられるか。 「私が……イコさんを幸せにする」 私の突然の告白に少しだけ目を見開いて、また元の表情に戻る。 ……ああ、やっちゃった。 「みょうじはええ奴やな」 「……慰めでもなんでもないから」 私はずっと好きなんだよ。イコさんが彼女に惚れる前からずっと。 「イコさんが幸せならいいと思って惚気話も相談も聞いてたけど、そんなしょうもない女との話なんて……もう聞きたくない」 言いながら声が震える。私が泣いちゃだめなのに、一番辛いのはイコさんなのに。目に溜まった涙がこぼれないようにするのが精一杯だった。 「イコさんの好きな人のこと悪く言ってごめん」 「……」 「でももう耐えられないから」 沈黙がつらくなり立ち上がると、イコさんが口を開いた。 「俺な、まだ彼女のこと嫌いになれへんねん」 知ってるよ。そういうところが好きなんだから。そんなイコさんだから好きになったんだから。 「ごめんな」 「……謝らないでよ」 「ありがとう」 何も言えなかった。これ以上何か言うと堪えていた涙が止まらなくなりそうだった。 勢いで告白して、フラれて、バカみたい。最悪だ。浮気女の方がいいなんて、どうかしてるよ。 今度こそ、諦めないといけないのかな。他の人を好きにならないといけないのかな。イコさん以外の人を好きになることなんて、あるのかな。全然想像できないや。 200914 |