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 生駒さんと付き合って、数ヶ月。変わったことがたくさんある。

「お疲れ様です」
「なまえちゃん、お疲れ」

 コンビニの前で待っていた生駒さんに声をかける。
 まずは、生駒さんが私に敬語を使わなくなった。付き合ってすぐに、私が敬語をやめてほしいとお願いしたのだ。私も敬語を使わなくていいと言われたのだが、生駒さんは歳上なのでなんとなく敬語のままでいる。ちなみに一人称も「僕」ではなく「俺」だったことが判明した。
 同じ時期に、生駒さんが私を名前で呼ぶようになった。生駒さんのことも「たっちゃんて呼んでくれてもええねんで」と言われたが、恥ずかしくてまだ「生駒さん」呼びのままだ。敬語も呼び方も、少しずつ変えていけたらいいなと思う。

「行こか」
「はい」

 どちらからともなく手を繋ぐ。こうして自然に手を繋げるようになったのも、変化のひとつ。人がいる時は恥ずかしいので、人がいない時や暗くなってからしか繋げないが。

「今度の日曜どこ行こか」

 私は受験も無事終わり、来月からは生駒さんと同じ三門市立大学に通うことが決まった。元々三門市立大は合格圏内だったこともあり、バイトは回数を減らして続けている。本格的に受験勉強に入ってからは生駒さんが「勉強の邪魔はしたくない」とまともなデートはせず、こうしてたまに入るバイトの帰りに送ってもらうのがデートとなっていた。日曜は久しぶりのちゃんとしたデートだ。

「行きたいところがあるんですけど、市外でも大丈夫ですか?」
「全然大丈夫やで。丸一日オフにしてもらったし」
「よかった」
「楽しみや」

 私もです、と繋いだ手の力を強める。
付き合ってからすぐに受験であまり会わなくなったので、少しの時間でも一緒にいられることが嬉しい。これからはもっと会う回数や時間が増えていくのだろうか。生駒さんは私に甘いところがあるから、甘え過ぎないようにしないと。

「もう着いてしまったなあ」

 お互いの近況報告をして、たわいもないことで笑いあって、一緒にいる時間はすぐに過ぎていく。今でも十分幸せなのに、もっと求めてしまうようになっていくのが怖い。今日だって、私の家がもっと遠かったらいいのにとずっと思っている。

「……帰りたく、ないです」
「えっ」

 考えてる間に言ってしまった。生駒さんを困らせてしまうと思い、慌てて「すみません帰ります、今日もありがとうございました」と手を離そうとすると、生駒さんにぎゅっと握られた。

「……こんなん言うの、ほんまにダサいと思うけど」
「……」
「キス、したい」

 突然のことに何も言えないでいると「……あかん?」と困ったように生駒さんが聞いてくる。だめなわけがない。しかし、ここは家の前。いつ近所の人に見られるかわからない。

「……人がいないところなら」
「…………生駒、了解」


 お互い無言のまま、私の家の近くにある公園にやってきた。緊張で手汗が出ていないだろうか。繋がれたままの手はどことなくじっとりしているが、どちらの汗かはわからない。
 これから、キス……するのか。意識するとますます緊張してきた。私たちはまだ手を繋ぐ以上のことをしたことがない。

「急にごめんな」
「い、いえ」
「ほんまはスッとスマートにできたら良かってんけど……同意無くするのは良くないかと思って……あと緊張で死にそうやった」
「ふふ」

 生駒さんの正直な発言に緊張が解ける。付き合ってから気付いたが、生駒さんは結構可愛らしいところがある。格好良くて可愛いくて、いつでも優しい、素敵な人だ。

「私は生駒さんなら、いつでも良いって思ってますよ」

 人がいなければ、と忘れずに付け足す。生駒さんはすぐに「あかん」と顔を逸らし、片手で顔を覆った。

「……しないんですか?」
「します」

 こちらを振り向き、「行くで」と私の肩に両手を置いた。忘れていた緊張が再びやってくる。

「……行くで」
「っ、はい」

 あれ、目っていつ瞑るんだっけ。唇がついてから? つく前? わからない。でもこれ以上見つめ合うのは恥ずかしい。半ばやけくそになって目を閉じた。が、これではいつ生駒さんが近付いて来るのかわからない。しかし今更開けるのもおかしい。とにかく生駒さんに任せようと、目を閉じたまま待った。

「……」

 いくら待っても唇に何か触れた気配はない。もう十秒以上は待ったはずだ。恐る恐る目を開くと、生駒さんがこちらを見ていた。先程と全く変わらない距離のまま。

「えっ」
「あっ」
「なっ、なんで……?」

 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。今すぐ走って帰りたい。目は閉じて待っているものではなかったのか。それとも私からするべきだったのか……? とにかく恥ずかしい。生駒さんは「ごめん! ほんまにごめん」と言っているが、何がごめんなのか、何が正しいのかもわからない私はただただ混乱してしまう。

「ほんまごめん、目瞑ってんの可愛くて見てた」
「っ、何言ってるんですか……!?」
「次はほんまにやるから!」
「……」

 「ほんまに!」という生駒さんを信じて、再び目を閉じる。また緊張がやってきて、今度は十秒も数えないうちに、唇にそっと何かが触れた。思わず体が引いてしまいそうになるのをなんとか抑える。つくかつかなないかぎりぎりのところで止まって、一度ふに、と押しつけて、離れていった。ゆっくり目を開けると、眉間に皺を寄せた生駒さんと目が合った。

「ごめん、もっかい」
「え? ……っ」

 先程よりも強く、でも優しく押し当てられる。一回、二回とゆっくり角度を変えて唇を合わせていく。ばくばくと心臓の音が止まらなくて、足の力が抜けそうだ。
 三回目が終わって目を開けると、急に視界が生駒さんの服でいっぱいになった。ぎゅう、と締めつけられるような感覚で、抱きしめられているとわかった。

「……これ以上やったらあかん」

 何がですか? とは言えずに、恐る恐る生駒さんの背中に手を回す。生駒さんの腕の中は、とても温かくて、どきどきするけど落ち着くような、不思議な感じがする。もっと帰りたくなくなってしまった。

「早よ帰らなご両親心配するやんなあ」
「多分……」

 しばらく抱き合っていたが、生駒さんが口を開いた。いつもと違う時間に帰れば何か言われるかもしれない。名残惜しくも生駒さんから離れると、「今度こそ帰ろか」と生駒さんが私の手を取った。



「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ。……急にごめんな」

 再びいつものように家の前で向かい合う。急に、とは公園でのあれやこれやのことだろう。何も謝ることなんかない。同意の上なのだから。

「……嬉しかったです」

 なんとかこの気持ちを伝えたくて、生駒さんの腕を掴んで、自分からキスをした。背伸びでなんとか唇に触れる。離れるとやっぱり恥ずかしくなって、「おやすみなさい!」と生駒さんの顔も見ないまま逃げるように家に入った。
 声が上擦らないように「ただいま」と家族に声をかけ、自分の部屋へ直行する。
 今日はいろんなことがあった。いろんな変化があった。これからも変わっていくことはあるけれど、生駒さんと一緒にいて楽しいとかドキドキするとか、幸せな気持ちはきっと変わらない。未来のことはわからないけれど、多分ずっと、私は生駒さんのことが好きだ。





200814