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 運ばれてきたアイスティーをできる限りちびちびと時間をかけて口に入れる。なんとかこの一杯を長引かせなければ。これを飲み干したら、今日が終わってしまう。
 二人でカレーを食べて少し歩いて、カフェに入った。すぐに解散とならなくて本当によかった。生駒さんが「もう一軒」と言ってくれた時は思わず飛び跳ねそうになったほどだ。 
 生駒さんも、まだ私と一緒にいたいと思ってくれているのだろうか。そうだったら嬉しいけど、この店に入ってから急に生駒さんの口数が減ってしまった気がする。会話は楽しくできているとは思うが、いつもと様子が違うというか……何かひっかかる。もしかして、さっき帰らなかったことを後悔してるとか? 早く帰りたいとか? だとしたら悲しいけどここを出た方が良いだろうか。まだたくさん残っていたグラスの中身を半分くらいに減らして、口を開いた。

「あの、」
「みょうじさん」

 「もう出ましょうか?」の声は生駒さんの言葉で飲み込んでしまった。「っ、はい」となんとか返事をする。

「僕、……」

 続きを待つが、なかなか言葉が出てこない。やっぱり、帰りたいのだろうか。それともお腹が痛いとか……? もう会うのはやめましょう、とか言われたらどうしよう。この待っている時間、多分まだ数十秒程しか経っていないが、緊張で私の方がお腹が痛くなりそうだ。

「あの、生駒さん……?」
「僕、」
「はい」
「……僕、まだお腹空いてるんでなんか頼んでも良いですか?」
「……」

 お腹空いてるんでなんか頼んでもいいですか。聞こえてきた言葉を頭の中でリピートして、徐々に理解していく。生駒さんはお腹が空いている。あれ、さっきカレー食べなかったっけ?

「……ふっ、」
「みょうじさん?」
「っふふ、どうぞ……っ」

 変に緊張していたからか、予想外の返しに笑ってしまった。私が急に笑い出したせいで生駒さんがおろおろしていることにも笑ってしまう。

「みょうじさん……?」
「っすみません、ちょっとツボに入って……」
「僕今そんなおもろいこと言いました?」
「だってさっき……カレー大盛り……っ」

 だめだ、笑いが止まらない。少し恥ずかしそうに「いや、やっぱやめときます……」と言う生駒さんに慌てて「是非食べてください」とメニューを渡した。それにしても考えていたようなことを言われなくて本当に良かった。メニューを見る生駒さんを見ていたらなんとか落ち着いてきた。笑ってしまって申し訳なかったが、照れている生駒さんが見られてなんだか嬉しかった。男の人にこう思うのは変かもしれないけど、可愛かったな。
 メニューを数ページめくり「ほなこれにします」とシンプルなパンケーキの写真指さした。

「足りますか?もっと食べても良いですよ」
「田舎のばあちゃんやないんですから」
「あはは」

 このなんでもない会話にきゅう、と胸が締めつけられる。ずっとこのままいられたらいいのに。



 いくら私が願ったところで、時間が過ぎてしまえば楽しい時間も終わってしまう。
 お会計を済ませて店を出ると、生駒さんが「ちょっと歩きませんか」と言ってくれた。

「お腹いっぱいなりました?」
「まだいけます」
「底なしですね」

 くすくす笑って、いつもなら生駒さんが話し始めるタイミングで何故か沈黙が流れる。何かおかしなことを言っただろうかと思い生駒さんの方を覗くと、眉間に皺を寄せ、いつもの真顔とはまた違った真剣な表情を浮かべていた。

「生駒さん?」
「……みょうじさん」
「はい」
「僕、今日みょうじさんに言わなあかんことあって」

 生駒さんの言葉に、思わず体が固まる。足を止めた私に合わせて生駒さんがこちらを向いた。びくびくしながら「な、なんでしょうか」と声を絞り出す。
 少しの沈黙。こんなに改まって何を言われるのだろう。もしかして、さっきのカフェでこれを言おうとしていたのだろうか。やっぱり、もう会えないとか? 言葉を待つ間、どくんどくんと心臓の音が迫ってくる。ただならぬ空気に息が止まりそうになりながらも話すのを待っていると、生駒さんが思い切り息を吸った。

「僕は、みょうじさんが好きです」

 周りの音が何もなくなった。あんなにうるさかった心臓の音も聞こえない。
 数秒遅れて何が起きたか理解すると、思い出したように心臓が動き始めた。え、生駒さんが、私を。

「付き合ってください」

 突然のことに訳がわからなくなって、「え、あ、」とよくわからない声を発してしまう。こちらをじっと見ている生駒さんの顔がほんのり赤い。現実、なのだろうか。

「え、えっと」
「……」
「なんで……」

 混乱してすぐに「はい」とか「いいえ」が言えなかった。生駒さんの「好きです」が全く信じられないという訳ではないが、信じていいのか、すんなりと受け入れていいのかわからない。私が変なことを言ってしまったせいで案の定生駒さんは「なんで……?」と頭を抱えている。

「なんで、って言うか……最初はあのコンビニ入って綺麗な人いるなと思って」
「……」
「覚えてるかわからないですけど……みょうじさんが僕の会計の時お弁当温めますかを言い間違えてめっちゃ笑ったことあるんですけど、それがほんまに可愛くて」

 もちろん私も覚えている。あの時から生駒さんとよく話すようになって、恥ずかしかったけれど生駒さんを意識するようになったきっかけだ。

「ほんで二人で会えるようになったら、いつもは落ち着いてるけどほんまはよう笑う子やねんなとか、しっかりしてるなとか、色々わかって……今日とかも一緒にいてほんまに楽しいし……そんな感じ、なんですけど……」

 生駒さんが話せば話すほど自分の顔が熱くなっていくのがわかる。嬉しさと恥ずかしさが混ざって溶けてしまいそうだ。音を立て過ぎたせいか胸が痛い。
 生駒さんの言葉を受け止めて、自分の中で考えを整理して、言葉を返す。

「……生駒さんに、そんなふうに思ってもらえてたのは、本当に嬉しいです。でも、」

 私だって生駒さんが好きだ。びっくりはしたが、生駒さんが好きだと言ってくれたことは何よりも嬉しい。それなのに「私も好きです」の言葉がすぐに出せない。

「でも私は……本当は、生駒さんが思ってるような人じゃないというか」
「……」
「全然可愛くないし、しっかりしてないし、よく笑うって言ってくれましたけど、それは生駒さんが面白く話してくれるからで」

 あんなに付き合えたらいいな、なんて能天気に考えていたのに。この前だって生駒さんにどう思われても好きな気持ちは変わらないと心を決めたはずなのに。いざという時になって急に怖くなってしまった。付き合って、こんなやつだと思っていなかったとか、全然大したことないとか、幻滅されてしまったら?
 自分でも変なことを言っている自覚はあるし、このまま付き合うのが普通なのだと思う。けれど、あと一歩が踏み出せない。

「僕はみょうじさんほんまに可愛いと思ってるんですけど、それじゃだめですか?」
「……」
「しっかりしてなくてもそれはそれで可愛いし、頼ってくれるなら嬉しいので僕は何も問題無いです」
「でも、」
「あと最後のやつ、僕の話がおもろいってことですか……? めっちゃ嬉しいんですけど……あと笑ってなくても可愛いので大丈夫です」

 丁寧に私の言葉を拾って、返してくれる。

「すいません、僕のことが無理ならはっきり無理って言ってもらわないと、断ってるように思えなくて……いや断ってほしくはないんですけど」

 無理な訳がない。断りたくなんかない。

「僕はみょうじさんのこと、まだあんまり知らないかもしれないですけど、これからもっと知りたい」
「……知って、幻滅したら?」

 「幻滅……? うーん」と首を傾げる。我ながら面倒くさい女だと思う。自分が不安だから、少しでも言葉がほしいのだ。
 生駒さんは少し考えて、「未来のことはわからないですけど、」と前置きをして言葉を続ける。

「どういうことに幻滅するかわからないですけど……今のところ思い当たることは無いし、仮に"私足臭いんです"とか言われても正直嗅ぎたいとしか思えないです」
「えっ」
「引きました?」
「いや、あの……嗅いで、臭かったらどうするんですか」
「それはそれでおもろいので何も問題ないです」

 誇張でもなんでもなく当たり前のように言い放つ生駒さんに力が抜けて、思わずまたくすくすと笑ってしまった。生駒さんはいつも私を明るくしてくれる。こういうところ、本当に好きだ。
 私も、生駒さんのことをもっと知りたい。もっと一緒にいたい。生駒さんの気持ちに応えたい。

「生駒さん」
「はい」
「私も……生駒さんが好きです」





200814