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※社会人
※二口が喫煙者




「総務のみょうじさん、可愛いよな」
「俺も思った、彼氏いるかな」
「いそうじゃね?」
「俺聞いてみるわ。いなかったら連絡先聞く」
「うわ勇者!」

 昼飯後の一服中、聞こえてきた胸クソ悪い会話に思わず舌打ちしそうになる。
 いつもこの喫煙所には居ない、やたらテンション高い奴ら……顔を知らなくてもわかる。新入社員だ。入社してから社外で研修を受けていたみたいだが、今日は会社にいたらしい。

「良いのか?あれ」
「……」

 俺の隣にいた同期の佐藤がこっそり聞いてくる。良い訳ねーだろ今すぐ止めてえよ。……かと言って急に「あいつの彼氏は俺だ」とか割って入るのも何かアレだろ、ダサすぎんだろ。
 あいつらの言う「総務のみょうじさん」は俺と同期入社で、1年目の秋に付き合い始めてもう2年が経った。最初は周りに何か言われるのが面倒で隠していたが、去年一部にバレてから隠すのも面倒になり、今では完全にオープンにしている。
 あいつは数少ない女子社員であることと、総務課という部署柄ほぼ全社員に存在が知られていて、多分俺達の関係を知らない社員はほとんどいないと思う。加えて今いるこの喫煙所、当たり前だが来る人間はいつも決まっているし、会話もする。俺はもちろん全員がお互いの存在を知っている。
 何が言いたいかというと、この目の前で騒いでいる新入社員以外の人間の、俺への視線がやばい。
「二口大丈夫?」「言われてるよ?」「二口行かなくていいの?」と無言で訴えかけてくる同僚達。うるせえよ、わかってるっての。わかってるし牽制したい気持ちはあるが、どうするべきか。眉間に力が入ったまま悶々としていると、佐藤が新入社員に輪の中に入って行った。おい、何言うつもりだ。

「みょうじ可愛いよな。俺も昔狙ってた」

 は?聞いてねえよ。

「まじすか?やっぱ彼氏いるんすか」
「うん、社内に」
「うわまじすか!誰すか?」

 スっと後ろを向き、俺を指差す佐藤。
 ……おいやめろ、気まずすぎんだろ。案の定新入社員達の視線が俺に集まり、意味を理解した全員の顔が引き攣る。

「…………素敵な彼女さん、っすね」
「あー……まあ」

 その場の空気にいたたまれなくなった俺はすぐに煙草を灰皿に押し付け、喫煙所を後にした。佐藤の頭を一発引っ叩くのを忘れずに。「ひどくね!?」とか言ってたけどシカトした。……感謝はしている。



「二口、珍しいね」

 目の前の女が俺をいつものように名前で呼ばないことに少しムッとする。周りに気を遣わせないよう苗字で呼んでいるだけで職場ではいつものことなのだが、さっきのこともあり少しイラついてしまう。
 気付けば俺はなまえがいる事務所へ来ていた。特に用のある時以外は近寄らないので不思議に思うのも無理はない。「新入社員に嫉妬して思わず顔を見に来てしまった」なんて恥以外の何でもないので慌てて用事を作る。

「あー……あれだ、新しい作業着もらいに来た」
「先月あげなかったっけ?」
「……じゃあ安全靴」
「じゃあって何」
「何でもいいだろ」

 頭に疑問符を浮かべながらも「これ書いて」と申請書を渡して来たので、大人しく空欄を埋める。
 いつもは事務所で言えばすぐ渡してくれるのだが、今は俺のサイズの在庫が事務所に無いらしく倉庫に取りに行くというので、俺も付いていくことにした。


「……悪い、休憩中に」
「全然、むしろ事務所に置いてなくてごめんね。さっき別の人に渡したばっかりで」

 倉庫に二人きり。ごそごそと安全靴を探すなまえの後ろ姿を見ながら、抱きしめたい衝動に駆られる。……いやいやここは会社だ。しっかりしろ二口堅治。それに今抱きしめたら煙草の臭いが移るかもしれない。二人で倉庫行って煙草の臭いつけて帰って来たら周りになんて言われるか。あーくそ、もどかしい。
 気を紛らわそうと倉庫の中を見回す。こんな風になってたんだな。初めて入った。
 ……これ、俺以外のやつともこんな状況になったりするのか……? また嫌な感情がぶり返す。やべえだろ、密室だぞ。会社で女を襲うような奴なんていないと思いたいが、可能性はゼロではない。襲われることは無くても、連絡先を聞いたり軽く尻を触ったりできる状況ではある。考えただけでまたイライラしてきた。

「はい、あったよ」
「……あざす」
「何かあった?」
「なんで」
「顔怖い」
「あー……」

 わかりやすくイライラしていたせいで、しっかりバレている。俺がここで何でもないと言ってもこの感じじゃ隠し通せないだろう。
 ガシガシと頭を掻く俺を不思議そうに覗き込むなまえ。……やっぱ駄目だ。

「堅治? んっ……ちょっと!」

 なまえの頭を押さえて唇を押し当てる。俺ってこんなに我慢できない男だったのか? 付き合って2年も経過しているのに嫉妬で腹を立てていることも、それをこいつにぶつけていることも、職場でこんなことしていることも、全部駄目だとわかっているのに止められない。

「っここ会社、」
「お前、あんま新入社員に近付くなよ」
「……え」
「あとこの倉庫……他のやつとも入ってんのかよ」

 言ってしまった。なまえは一度ぽかん、として「……新入社員?」と呟く。

「仕事以外で話したりしてないけど……」

 何言ってんだこいつ……とまではいかないだろうが、似たようなことを思っているだろう。こいつはさっきの会話を聞いていない。聞いていたとしても、それがどうしたというレベルのことだ。

「……悪い、今のなし」
「……」
「忘れて」

 恥ずかしさのあまり発言を取り消す。取り消したところで俺のクソダサい台詞は無かったことになんかならないのだが。
 やってしまった。しかも会社でキスなんて。これは怒られるやつだ。そう確信した俺は一刻も早くここを出ようと「もう行くわ」と声をかけようとした、その時。

「ふふ」
「……何だよ」
「ふふふふふ」
「おい」
「やきもち?」
「……うるせぇよ」

 なまえが急に笑い出し、予想外の反応に力が抜ける。怒ってない……のか?

「なんでいきなり新入社員?」
「……言いたくねえ」
「何それ。あと倉庫には誰も入れないよ」
「……」
「基本は事前申請だから取りに来る前に用意しとくし。今日みたいな時は事務所で待っててもらうか、出直して来てもらうよ」
「ふーん」
「今日は特別」
「……そうかよ」

 納得のいく説明をもらって自分の情けなさに益々恥ずかしくなる。特別って何だよ。こんなことで喜ぶなんて女子か俺は。
 なまえは何も悪くない。俺が勝手にイライラして、当たってしまった。最低だ。どう謝ろうか迷っていると「堅治」といつものように名前を呼ばれた。

「今日、家行ってもいい?」

 金曜だし、とそれらしいのかどうかもよくわからない理由を付け足すなまえに思わずドキッとする。願ったり叶ったりだっつーの。

「今日残業あるから、終わったら連絡する」

 ニヤけそうになるのを堪えて言うと、わかった、と満足そうに頷く。それだけでさっきまでのモヤモヤが全部吹き飛ばされた気がした。単純すぎんだろ。
 調子にのった俺は怒られなかったのを良いことに再び顔を近付けると「ここ会社!」と今度はかわされてしまった。クソ。帰ったら嫌って言うほどしてやる。
 そしてすぐに「長居をしては周りに何を言われるかわからない」と倉庫から追い出された。真っ赤な顔で。可愛すぎんだろ。
 ざまあみやがれ新入社員。俺があいつと付き合うためにどれだけ苦労したと思ってんだ。お前らなんか入る隙もねえっつの。あの可愛い顔も身体も全部俺のなんだよ。子供っぽい? 知るかバーカ!




20200614