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 コツコツとチョークが黒板に擦れる音を聞きながら欠伸を漏らす。昨日はいろんなことがあってあまり眠れなかった。吉川くんが突然バイト先まで来て、生駒さんに一緒に帰ってくださいと頼んで、二人で歩いて……思い出すと顔が焼けそうになる。

 吉川くんに「待っているから一緒に帰ろう」と言われた時は本当にどうしようかと思った。断ってもずっと店の前で待っていたので、もしかして家までついてくるのかとか、次のバイトの日も来たらどうしようとかいろんなことを考えてしまってかなり気が動転していたと思う。だから生駒さんが来た時は言うかどうか迷ったが、藁にもすがる思いで一緒に帰ってほしいとお願いした。かなり迷惑なことをお願いした自覚はある。
 生駒さんの口から「彼氏」という言葉が出た時は心臓が飛び出るかと思った。生駒さんのことを聞かれて何て言えばいいのか困っていたのでとても助かった。「知り合い」とか「友達」では彼は素直に帰してくれないかもしれないと思ったから。
 その後手を繋がれた時も、フリだとわかっていても緊張は消えなかった。ドクドクうるさい心臓の音は治らなくて、でも手は離してほしくなくて……思わず力を込めて握ってしまった。私の願いが届いたのか、店から離れても手が解かれることはなかった。
 家の大体の位置を言うと、自分の家と近いからと私を家の前まで送ってくれた。最後まで手は繋がれたまま。二人とも手のことには一度も触れなかった。というか、触れられなかった。言ったら手を離されてしまうと思ったから。

 あの時、生駒さんはどういう気持ちだったのだろう。私と同じだったらいいのにと思うが、きっと違う。手を離さなかったのは、私が怖がっていると思って落ち着かせようとしてくれたのだと思う。うまく声が出せなかったし、実際吉川くんのことは少し怖いと思った。生駒さんは優しいから、手が離せなかったのだ。……そうじゃないと、うまくいきすぎている。
 今更ながら私は生駒さんとの今の状況、実はとんでもないことなんじゃないかと思い始めていた。
 生駒さんは会うたび面白くて優しくて、かっこいい。そんな素敵な人が私に話しかけてくれるなんて、ましてや二人で会うような関係になるなんて、うまくいきすぎてこれから何か良からぬことが起きるのでは? と考えてしまう程だ。
 例えば何だろう、騙されているとか? ……私を騙して何をするというのだ。実は彼女がいるけど別の女とも遊びたいとか? それはショックすぎる。でもあんな素敵な人なんだから、彼女がいてもおかしくない。でもあんなに誠実そうな生駒さんが浮気なんてするだろうか。そもそも恋愛対象じゃなくてただ友達になりたかったとか? そうだとしたら私はとんでもない勘違い女だ。死ぬほど恥ずかしい。でもありえないこともない……のだろうか……? でもただの友達に映画やご飯を奢ったりするだろうか。

 自問自答を繰り返してうんざりし始めた頃、私の思考を遮るようにチャイムが鳴った。黒板には書いた覚えのない文字がびっしりと並び、先生が何を話していたのかも全く覚えていない。……やってしまった。あとでノートを借りなければ。
 次の授業が始まるまで10分。座っていてもまた変なことを考えそうだと思い、教室から少し離れた自販機へ行くことにした。

「みょうじ」

 ジュースを購入し、教室に戻ろうとしたところで名前を呼ばれた。声がした方を向くとそこに居たのは吉川くんで、彼だと認識した瞬間思わず身体が強張る。どうしよう、かなり気まずい。生駒さんのことで頭がいっぱいで、吉川くんのことを忘れていた。いや忘れてはいないんだけど。
 昨日は逃げるように立ち去ってしまったため、この状況はかなり気まずい。申し訳なさも相まって彼から目を逸らしてしまう。朝は会わないよう気をつけていたのに、こんなに早くに遭遇してしまうとは。

「昨日はごめん、急に押しかけたりして」
「……」
「彼氏、いたんだな」
「……うん」

 本当は付き合っていないことに申し訳ないと思いながらも肯定する。私に彼氏がいてもいなくても、吉川くんと付き合うことはできない。
 吉川くんとは2年の時に同じクラスで隣の席になったこともあり、とても仲が良い訳ではないが男子の中では話す方だったと思う。3年でクラスが分かれてから全く話すことは無くなったし、元々私よりも他の女子と話すことの方が多かったのでまさか告白されるなんて思ってもみなかったのだが。
 彼の気持ちは驚きはしたが素直に嬉しいと思った。けれど、吉川くんはあくまで友達だ。

「彼氏のこと、好きなの?」
「えっ」

 好き、という言葉に思わず反応してしまう。
 いきなり何を、というか仮にも付き合っている相手なのだから答えはイエスしか無いのでは。しかし彼は揶揄っている様子もなく、私の返答を待っている。

「……うん。とても」

 生駒さんは本当は彼氏ではないけれど、この言葉に嘘はない。正直な気持ちを伝えた。

「そっか」
「ごめん」
「いや、俺の方こそしつこかったよな。ごめん。」
「……」
「ちゃんと諦めるから。流石に彼氏いるやつにどうこうしようとか思わないよ」
「……ごめん」
「もう謝るなよ」

じゃあまた、と去っていく吉川くんを見送る。
 吉川くんは意外にもすんなりと受け入れてくれた。強張っていた手と肩から力が抜ける。
 この前告白してくれた時に「好きな人がいるから」と言えば昨日みたいなことは無かったのかもしれない。ただごめんとしか言わなかったことを申し訳なく思った。

 クラスへ戻るとちょうどチャイムが鳴った。教科書とノートを開きながら先程の会話を思い出して恥ずかしくなる。
 生駒さんへの気持ちを、初めて誰かに言った。自分の中でぼんやりとあったその気持ちをはっきり肯定したことで、一段と強く大きくなった気がする。
 私は生駒さんが好きだ。とても。一緒にいて楽しい、褒められると嬉しい、会いたい。友達にも抱く感情なのに、生駒さん相手になると全然違うものになる。バイト中いつ生駒さんが来ても良いように身嗜みを整えてみたり、生駒さんが来る時間帯になると少し笑顔をつくってみたり、そわそわしたり、来ないと少し落ち込んだり。今までの私では考えられなかった変化だ。生駒さんと二人で会うようになってからはそれがどんどん加速している。
 生駒さんのことをもっと知りたい、近付きたい。生駒さんが私のことをどう思っていても、この気持ちは変わらない。それに生駒さんは、また会おうと言ってくれている。今は余計なことは考えないで思い切り楽しもう。
 さっきまでうだうだと考えていたことが嘘みたいにどうでもよくなって、晴れやかな気持ちになった。次のデートが楽しみだ。早く、会いたいな。



200607