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「みょうじさん」
「わっ、生駒さん。こんにちは」
「こんにちは」
「もしかして待たせてしまいました?」
「全然、さっき来たとこです」

 少し早く着くように家を出たのだが、生駒さんの方が先だったようだ。そういえば前の時も生駒さんが先だった。次はもう少し早く家を出なければ。
 前回生駒さんに「また連絡します」と言われてしばらく音沙汰無く、お店にも来なかったのでもしかしてあれは社交辞令だったのでは? と心配していたのだが、無事連絡が来て会えることになった。

「チケット買いに行きますか?」
「もう買いました」

 今日は生駒さんが映画に誘ってくれた。生駒さんがいくつか候補を上げてくれた中にちょうど観たいと思っていた作品があったので、それを観ることになっている。興味を持ったものが同じってなんだか嬉しい。
 いつものキリッとした顔でピースサインを私へ向ける生駒さんは今日も素敵だ。……じゃなくて、

「すみません、お金払いますね」
「いや、僕が誘ったのでこれくらい払わせてください」
「えっ、でも」

 財布を出そうとすると「いや、ほんまに」と阻止されてしまう。生駒さんが全然お金を受け取ってくれないので、申し訳ないけれどお礼を言ってお言葉に甘えることにした。それにしても私が着く前に買っておいてくれたってことは本当はもっと前から来てたってことじゃないのかな。益々申し訳ない。

「僕、今日楽しみすぎて朝4時に起きてしまいました」
「えっ大丈夫ですか? 眠くないですか?」
「二度寝したので大丈夫です。目バチバチに開いてます」
「それは安心しました」

 真面目な顔と台詞のギャップに笑ってしまう。10時集合で4時起きはかなり早起きだが私も楽しみで昨日なかなか眠れなかったので、生駒さんも同じように思ってくれていたのだと思うとこれまた嬉しい。生駒さんといると些細なことが全部嬉しいとか楽しいになっていく。まだ知り合って間もないのに、やっぱり浮かれすぎだろうか。

 上映前に飲み物を買って、そのまま劇場内へ入る。飲み物代ぐらいは私が出そうと構えていたのに、私が入る隙も無くまた生駒さんに払わせてしまった。レジの前でやいやい言うのもお店の方に迷惑だと思い財布をしまったのだが、どうしたものか。他の人がいる前で生駒さんにお金を渡すのもなんか変な気もするし……。もんもんとしていると生駒さんに「どうかしました?」と言われてしまった。この後のご飯は私もちゃんと払おう。そう心に決めて今は映画をしっかり楽しもうと気持ちを切り替えた。
 それにしても映画館の座席って、こんなに狭かったっけ。家族や友達と来た時は何も思わなかったのに、今日はやけに座席が狭く……というか隣が近く感じる。少し身体を傾けたらぶつかってしまいそうだ。生駒さんの肩幅がしっかりしているからだろうか。とにかく心臓に悪い。案の定肘掛けの譲り合いになったが、全力で生駒さんに譲った。生駒さんは一度も使っていなかったけど。
 上映中は作品を楽しみながらもたまに生駒さんが隣にいることを思い出しては緊張して、またスクリーンに集中して、を繰り返していた。途中一度だけちらりと横を見ると、私と反対側に肘をついて真剣な顔でスクリーンを見る生駒さんが半端なくかっこよくて、映画の記憶が無くなってしまうと思いすぐに視線を戻した。映画はとても面白くて、生駒さんも劇場に明かりが付いてすぐに「やばい、めっちゃよかった」と言ってくれたので安心した。

 映画館を出た後は近くの洋食屋さんに入った。店の前に置かれていた看板に貼られたオムライスの写真に目を奪われたのを生駒さんに察知され、「ここ入ります?」と言わせてしまった。恥ずかしい。慌てて生駒さんの食べたいものを……と言ったが「僕もオムライス気になります」と言われてその店に決まった。やることがスマートすぎないだろうか。それに生駒さんは私のことによく気が付く。そんなにわかりやすい顔をしているだろうか。気を付けなければ。
 オムライスはそれはもうとてもとても美味しかった。こういう時は「緊張で味がしない!」とか思うのが可愛い女子なのかもしれないが緊張していてもしっかり味はする。生駒さんと映画を観て美味しいご飯を食べて、なんて幸せな一日だろう。生駒さんと付き合ったらもっと色んなところに出かけたりできるのかな。生駒さんとだったらどこでも楽しくなるだろうな……いやいや、気が早い。まだ2回目なのに先のことまで考えすぎだ。今日で駄目になる可能性だってあるんだから。
 その後はボロを出さないように時々気を引き締めながらも会話は弾み、さっきの映画の話から、生駒さんが大学で教室が変更になったのを知らずに全然違う授業に出ていた話、飲み物を飲んでいる時にくしゃみが出そうになったらどうしたら良いのか問題など、たくさん話をしてあっという間に時間は過ぎていった。

「お会計2970円になります」
「はい」
「あの、私も払います」
「いや、僕が誘ったので。あ、これでお願いします」

 すぐにお金を出せるように財布を準備してレジへ向かったのに、また生駒さんにお会計させてしまった。生駒さんが誘ったから生駒さんが全部払うって、どうなんだろう。最初はスマート!とかかっこいい!とか正直少し思っていた。けれど、どんどん申し訳なさが強くなる。私は今日頼まれて渋々来たわけじゃない。生駒さんに会いたくて来ているのに。

「……生駒さん」

お店を出て少し歩いたところで足を止めた。生駒さんはきょとんとした様子で「どうかしました?」と私を見る。こういうことはきちんとしなければ。

「あの、お金、払います」
「え?」
「映画とかご飯とか、全部生駒さんが払う必要ないと思うんです」
「いやそういう訳には」
「でも……」
「今日は僕が誘ったので」
「っじゃあ、次は私が誘います」
「えっ」
「私が誘うので、次は私が全部払います」
「えっ次……いやそんなんさせられませんよ」
「なんでですか?」
「なんでって……」

少しだけ困ったように眉を下げる。そしていつもより小さな声で「こういうのは……男が出すもんちゃいます……?」と。

「生駒さんだって学生じゃないですか」
「それはそうですけど……」
「私、バイトもしてるし自分の分はちゃんと払えます」
「それはもちろんわかってるんですけど……」

 どうしよう、言い方がキツくなってしまっているのに止められない。生駒さん絶対困ってる。面倒くさい女って思われるかも。でもここは譲れないし、ちゃんと話しておきたい。

「生駒さんにばっかり払わせるのは申し訳なくて」
「何も申し訳ないこと無いです」
「私と会うたびにお金が無くなるとか、思われたく、なくて」
「思う訳ないじゃないですか」
「〜っ、生駒さんが良くても、私は良くないんです!」
「……」
「すみません、こんな、奢ってもらっておいて……でも私は生駒さんと対等でいたいというか、その……私は奢ってほしくて生駒さんと会ってる訳ではないので……えっと、」

 自分の気持ちをうまく言い表せず言葉に詰まる。どうしよう、大きな声を出してしまった。こんなの困らせるだけなのに。今ので嫌われてしまったかもしれない。焦って言葉が何も出でこなくなって困っていると、生駒さんが口を開いた。

「一個聞いてもいいですか」
「……はい」
「みょうじさんは僕とまた会ってくれるってことですか……?」
「……あっ」

 しまった。もう勝手に次があるものだと思い込んでしまっていた。恥ずかしい。自惚れるにもほどがある。一緒にいるのが楽しくて舞い上がりすぎていた。生駒さんにその気がなければもう会うこともできないのに。

「い、生駒さんが……嫌でなければ……すみません」

 恥ずかしさのあまり下を向いて声を絞り出す。本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。今すぐここから逃げ出したい。

「めっちゃ嬉しいです」
「え……」
「またコンビニ以外で会えるんですね」
「……本当に?」
「当たり前じゃないですか。次は、割り勘にさせてもらっていいですか」
「……すみません、わがまま言って」
「何もわがままじゃないです。ちゃんと考えてくれたんですよね、ほんまに嬉しいです」

 緊張が解けて一気に身体の力が抜ける。よかった……「もう会う気無いんですけど」とか言われたらどうしようかと思った。いや生駒さんはそんなこと言わないと思うけど。社交辞令かも、と一瞬思ったが、多分本気で言ってくれているんだろうと思う。かなりひやっとしたけど、本当によかった。また生駒さんと会えるんだ。

「でも今日の分は返さなくていいので」
「えっでも……」
「これで返してもらったら僕ダサすぎるんでほんまに大丈夫です」
「……すみません、ありがとうございます」
「いやこちらこそありがとうございます」

 ださいことなんかひとつもない。というか私が言ったことなのに。すみません、と再び歩みを進める。冷静に考えて、会って二回目でお金の話……しかも結構キツめに。かなりおかしなことをしてしまったのかもしれない。にも関わらず生駒さんは嫌な顔ひとつせずに私の言うことを受け入れてくれた。胸のあたりがじわじわ溶かされていくみたいな感覚。もう少し、一緒にいたいなあ。欲が出るがこの後防衛任務に行くという生駒さんを引き止められるわけもなく、別れの時はやってくる。

「生駒さん、あの……今日、楽しかったです。ありがとうございました」
「っ僕も!ほんまに楽しかったです。また連絡しますね」
「はい。……待ってます」

 前は言えなかったことも、今日はちゃんと言えた。少し照れくさくなってへらへらと笑ってしまったが。
 また二人でお礼を言い合って、違う方向へ歩いていく。今別れるのは惜しいけれど、また会えると思うと心が軽くなった。帰り道はしばらく頬が緩んだままだったけど、誰も見てないから、まあいいや。



200506