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※社会人設定
※本誌の事情は考慮していません



私が働く部署では毎年バレンタインに女子社員達からチョコを配るという風習がある。このよくわからない行事は誰が始めたかもわからない程長く続いているらしい。いつもは決まった人がお金を集めて買いに行って当日に全員で配るのだが、私はバレンタインに然程興味がないのでいつも声をかけられれば参加するというスタンスでいた。
ところが今年はいつも仕切ってくれていた先輩が「面倒だからもうやめちゃおっか」と言ったことにより、突如毎年恒例のバレンタイン行事は終了となった。その人も毎年特別やりたくてやっていた訳ではないらしく、既に退職した先輩から頼まれてなんとなく続けていただけらしい。職場での面倒なことがひとつ減って良かったと思いながら、ただの平日となった2月14日をいつも通り過ごした。

「今年はチョコもらえないんですか」

帰る支度をしていると、隣の席に座る後輩の赤葦くんが言った。このフロアにはもう私と彼しかいないので、私に向けられた言葉だろうと推測する。そんなにチョコが欲しかったのか。チョコ好きなのかな。赤葦くんが甘いものを食べてるイメージはあまり無いのだけれど。

「チョコ食べたいの?」
「欲しいです」
「誰かから貰わなかったの?」

私は見たんだぞ。今日給湯室で「赤葦さんにあげようと思って……」と恋バナに花を咲かせ、顔を赤らめている可愛い後輩達を。

「貰ってません」

まじですか。渡せなかったの……?何があったの川田さん、もう明日でも良いから渡しな!……と思ったけど明日は土曜日だった。会社の外で待ってたりしないのだろうか。
赤葦くんへの確実な一個があることを教えてあげたいが、「川田さんが赤葦くんにあげるって言ってたよ!」なんてバカ丸出しの台詞を吐く訳にはいかない。どうするべきか。とりあえず会話を成立させるために「それは残念だね」となんとも言えない言葉を返す。

「いつもくれるじゃないですか」
「今年からみんなであげるのは無くなったんだよ。赤葦くんも毎年みんなにお返しするの大変だったでしょ?」

赤葦くんは毎年ホワイトデーになると律義にお返しをくれた。それもコンビニやスーパーでは売っていない高そうなお菓子を。ちなみに毎年渡しているのは受験シーズンによく売れている赤いパッケージのアレである。
他の人はみんなお礼は言ってくれるが誰もお返しなんてしない。私達も特にお返しが欲しくてやっていた訳では無いのでそれで問題はないのだが、赤葦くんだけは違った。一度「お返しなんかしなくてもいいんだよ」と言ったのだけれど、「そういう訳にはいきません」と一向にやめないのだ。お返しに幾らかかっているのか、想像するととても申し訳ない気持ちになる。

「みょうじさんだけです」
「何が?」
「みょうじさんにしか渡してません」
「……えっと、どういう」
「チョコもみょうじさんからしか欲しくありません」

赤葦くんは表情ひとつ変えずに言い切った。予想していなかった言葉に固まってしまう。この場合、なんと返せば良いのだろうか。ずっと真顔の赤葦くんからは感情がいまいち読み取れない。言葉だけ聞けば私のことが好きと言っているようだけれど、彼は今とても告白しているような表情には見えないし、第一好かれる心当たりもない。外見も中身も仕事の能力も平々凡々の私に「赤葦くんは私のことが好きなの?」等と聞けるはずもない。
何も言えずに沈黙を続けていると、赤葦くんが口を開いた。

「今日、この後何かご予定はありますか」
「……無いです」
「チョコの代わりに、ご飯連れて行ってください」
「……」
「俺が奢るので」
「いやおかしいでしょ」

チョコの代わりというなら、私が奢るところではないか。私の方が先輩だし。いやそもそもどうしてチョコの代わりが二人で食事をすることになるのか。

「俺がみょうじさんと行きたいので」

…………いやいやドキッて何。後輩だから。普段言われないようなこと言われてびっくりしただけだから。
気付けば赤葦くんはPCの電源を落とし、後は勤怠のカードを切るだけという状態になっていた。

「駄目ですか?」

……せっかく後輩が誘ってくれたんだから、先輩として付き合わない訳にはいかないでしょ。そう、先輩後輩だから。食べたらすぐに解散するから。私達の間には何も無い。今顔が熱いのも気のせいだから。

「……駄目じゃない」

しっかりしてよ、私。





20200226