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※大学生設定



お風呂から出た私を見た英の一言は「何でそれなの」だった。
初めてのお泊りですっぴんを見せることにいささか緊張していたのだが、顔に関してのコメントでは無い。

「えっ、だめだった?」
「……いや、別に」

着替えを忘れたので何か貸してほしいと頼んだところ、「そこから勝手に使って」と言われた通りの場所に入っていた白の短いパンツとミントグリーンのTシャツを選んで着ただけなのだが。綺麗なものを着るのはなんだか気が引けたので一番洗い古されたものを選んだのだが、よくなかったのだろうか。それともあわよくば英をその気にさせられないかと脚を露出させたのがいけなかったのだろうか。

「もう始まる」
「わ、ほんとだ」

既にソファに座っている英の隣に腰掛ける。観たいと思いながら上映期間が終わっていた映画がテレビで放送されるので、それに合わせてお風呂を済ませたのだ。
ぴったりくっついて座るのは嫌かと思い少し間を空けて座ったが、このなんとも言えない距離で逆に緊張してしまう。約2時間半、耐えられるのだろうか。


私という人間は単純なもので、話が始まってしまえば英が隣にいることも忘れてしまうほど映画に集中していた。しかしCMを挟む度に英の存在と緊張を思い出すので毎回トイレに行っていたら「トイレ行きすぎじゃない?」と言われてしまった。だって隣にいたら寄りかかりたくなるんだもん。英はこう言う時にちょっかいをかけられるのは好きじゃないだろうと思って遠慮しているのに。
次のCMはどうしようかと考え、二人分の飲み物を補充してソファへ戻った。映画もそろそろ終盤に向かっている。話は面白くて満足しているが、この映画が終わった後のことが気になっていた。今日はその時のために見せられる下着を着用しているのだが、果たしてお披露目することはできるのだろうか。ちなみに英はあまり可愛すぎるものは好きではなさそうと思い、シンプルなものを選んだ。

CMが明けてしばらくすると、肩にずっしりとした重みを感じた。
え、まさか。いやそんなバカな。動揺していることを悟られないよう身体を動かさずに覗き見ると、そこには間違いなく英の頭があった。英が私に寄りかかっている。そして当然頭だけでなく身体も密着している。穏やかだった心臓が急に音を立て始めた。一応言っておくが英とはハグもキスも済ませているので身体が密着することは初めてではない。しかし何というかこの自分からは何もできない状況がもうやばい。

「……っ」

首の座りのいい位置を探しているのか、英がもぞもぞと動く。サラサラの髪が顔や首に当たってくすぐったいし、Tシャツの薄い生地の上から英の体温を感じる。それになんだかいい匂いが……修行か何かだろうか。くっついていられるのはとても嬉しいが、これでは生殺しである。今すぐ抱きつきたい衝動を抑えていることを褒めて欲しい。
英と触れ合っている部分に意識を割いていたせいで画面を全く見ていなかった。あとで今のシーンの話されたらどうしよう。とにかく落ち着いて映画に集中しなければ、と意気込んだ直後に英が離れてしまう。えっ、早くない?意識しまくってるのがバレたのだろうか。あまり力まずに、さも当たり前かのように英の身体を受け止めていたはずなのだが。動揺していると英がこちらを向いた。はっ、もしかしてキ、ス……?

「もうちょっとそっち行って」

…………あー、なるほど。寝転がりたいんですね、いやはやお恥ずかしい。私の身体は首の支えにはなれなかったということですね。申し訳ないです。
そりゃ映画見てるもんね、このタイミングでキスとか意味わからないよね。どんだけキスしたいんだって話ですよ。誰に聞かれてもいない言葉を頭の中で並べながら邪魔にならないようあまり長くはないソファの端に移動した。もしかして床に座った方が良かったかな。……いやもう、寝るならベッド行きなよ。一人で緊張して色々期待していたのが恥ずかしい。英が彼女にべったりとか、あんまり想像つかないし。そこが良いんですけど!
今度こそ映画に集中するため視線を画面に移そうとしたら。……っ、やばい、変な声出そうになった。どうしよう。これは現実ですか?英の頭が私の太ももにのってるんですけど……自分の脚にかかる頭の重みが現実のような気もするし、そうではないような気もする。そっと英がのっていない方の太ももをつねった。痛い。これは現実らしい。英って甘えたりするんだな……可愛い。いや、甘えているというよりこれはただ枕にされているだけでは?どちらにしても気を許されているということだと思うので、とても嬉しい。それはもう今すぐ叫んで走り出したいほどに。

もう映画どころではなくなってしまった私の意識はこの膝で寝ている恋人でいっぱいになってしまった。映画は今度DVDを借りて見直せば良い。それよりもたまに太腿にかかる息とか、髪の毛とか、くっついている肌の質感とか、いろんな情報を粗末な素足が過剰に感じてしまう。こんな短いパンツ選ぶんじゃなかった。英をドキドキさせようとしたはずが、見事自分に返ってきてしまった。普通、こういうのって男女逆じゃない?
そしてもう一つの問題、それは目の前にあるこの頭だ。……撫でたい。気が散ると怒られるだろうか。でも撫でたい。触りたい。葛藤を繰り返した結果堪えられなくなり、そっと頭の上に手を置いた。

「……」

何も言わない。これはつまり、許されたということで良いのだろうか。どうしよう、嬉しい。そのままゆっくりと髪の流れにそって手を滑らせた。つ、ツヤツヤ……!調子に乗って髪の毛を梳いてみるが、英はぴくりとも動かない。黙って頭を撫でられている英が意外で、たまらなく愛おしい。きっと今私の胸の奥からは幸せ物質がもりもりと生成されているに違いない。余計な刺激を与えないよう英を触る手は細心の注意を払ってゆっくり丁寧に動かしているが、脳内の私は歓喜と興奮で踊り狂っている。きっと顔面もおかしなことになっている。

そのまま耳や首を弄り倒したいという欲望に耐えながらも映画が終わるのを待った。英は何度か身体をもぞもぞと動かしていたが、こちらを振り返ることはなかった。

「英」
「……」
「おーい」

映画はとうに終わってしまったというのに、英が動かない。何度か呼びかけてみても反応がない。もしかして寝てしまったのだろうか。もうずっとこのままでも良いと言いたいところだが、私の脚は痺れてきているし、英も寝るならベッドの方がいいだろう。少し悩んで、起こすことにした。寝顔、見たかったな……。

「英、起きて」
「……」
「映画終わったよ」
「…………あー、……寝てた」

声をかけながら肩を軽く叩くと、私の脚の横に手をついてゆっくりと上体を起こした。眉間に皺を寄せ、開いているのかいないのかよくわからない程に目を細めた英がこちらを見る。

「もう寝る?」
「んー……」

言いながら身体をゆっくりとこちらに倒し、私の肩に顔を埋めた。まじか。英くんこういうことしちゃうの。可愛すぎませんか。そしてまた動きが止まる。もしかして私を布団か枕代わりにしようとしてる?……それなら私にも考えがあります。
英の頭を落とさないようにもぞもぞと身体の距離を詰め、背中に手を回す。英は動く気配がない。もしかして本当にまた寝てしまったのだろうか。
抱きしめていると肩以外にも体温が伝わって来てぽかぽかする。ハグってなんでこんなに安心するんだろう。「寝るならベッド行きなよ」ととりあえず口では言うが、離れたくなくなってしまった。

「あっつ……」

少しの間そのままの体勢でいると、英の身体が離れた。肌が空気に触れて熱を奪われ、少し名残惜しい。

「起きた?」
「……うん」

起きたまだぼうっとしている英から目が離せない。まつ毛が伏せてて、寝起きなのに綺麗な顔をしている。……欠伸は豪快なんだな。
……キス、したいな。寝起きだし、急にキスしたら機嫌を悪くするだろうか。むしろ頭があまり働いていないうちにした方が良いだろうか。……やってしまえ。
映画が始まってからひたすらに耐えてきたが、ついに我慢の限界がやってきた。もう葛藤する気も起きない。恋人がキスして何が悪いのだと頭の中で主張して、恐る恐る顔を近づけた。あ、こっち見た。ふに、と衝撃を与えないようにそっと唇を触れて、2秒。ほんの僅かな面積がすぐに熱を帯び、じわじわ広がっていく。少しだけ顔を離して様子を伺うと、すぐに次がやってきた。音を立てずに触れるだけのキスを数回して、また顔が離れる。

「……もっと」

要求通りまた次がくる。目を閉じる直前、微かに笑っているのが見えた。相当物欲しそうな顔をしていたのだろう。少し恥ずかしいが、全部英のせいにしてやってくる唇と舌を受け入れる。準備した下着は無事に役目を果たせそうだ。



20200219