部活が終わり、校門へ向かって歩いていると見たことのある後ろ姿が目に入った。 「みょうじさん」 「国見!お疲れ」 「お疲れ様です」 声をかけると足を止めてくれたので並んで歩き始める。 つい一ヶ月前まで一緒に部活をしていたのに、会うのは随分と久しぶりな気がした。 「なんでこんな時間にいるんですか」 「勉強。家じゃ集中できないんだよね」 「……お疲れ様です」 3年は全員春高予選まで部活をしていたので、夏に引退した他の部活の人達より本格的なスタートが遅れる。これからが地獄だと誰かが言っていたが、みょうじさんも例外ではないようだ。 「新体制はどう?」 「普通です」 「適当〜」 「マネがいなくて大変です」 「何それ、嬉しいこと言ってくれるね」 久しぶりに見たみょうじさんの笑顔になんだかむずむずする。 マネがいなくて大変なのは社交辞令ではなかった。みょうじさんが引退してから、もちろん引き継ぎはされているし必要なことは誰かがやっている。しかし練習でも試合でも、今までスムーズに行われていたことがちょっとしたことで止まることが増え、小さなことではあるがみょうじさんがやっていたことのありがたみを感じていた。多分部員も監督も同じ気持ちだと思う。 「後輩のマネ、育てられなくてごめんね」 「……みょうじさんのせいじゃないでしょ」 部員数がそれなりにいるうちでのマネージャー業は結構大変らしく、俺が入った後も何度か入部希望者は来たがすぐにやめてしまった。もう顔も覚えていない。 「受験ってそんなに大変なんすか」 「大変なんすよ……なんて言うかキリがない」 「みょうじさんそんな頭悪いんですか?」 「めっちゃ悪いって程でもないと思うけど、志望校には足りないんだよね……」 笑ってるのに泣きそうな顔で「もうやんなっちゃうよ」と呟く。この人もこんな顔するんだな。こんなに弱っているところは初めて見る気がする。いつもは俺らに笑うか叱るかだったし。……俺が見てないだけかもしれないけど。そう思うと少し胃のあたりがムカっとした。 泣きそうになっているこの人に俺は何もできない。勉強だって1年の範囲しかわからないし、受験の辛さも知らない。後輩の俺の前だからきっと泣くのも我慢しているのだろう。苦し紛れに持っていたキャラメルを差し出した。 「食べます?」 「……国見、これほんとに好きだね」 「まあ」 「ありがとう」 表情が少しだけ緩んだことにほっとする。俺、めちゃくちゃダサい。 「国見」 「はい」 「励まして」 予想外の言葉に動揺した。弱気になったみょうじさんが俺に励ましを求めている。この人が求める言葉をあげたいけど、何も出て来ない。少し考えて「頑張ってください」と言うと、「もうちょっと何かないの」と笑われてしまった。励ますってどうやったら良いんだ。とりあえず思いついたことを口にした。 「……大丈夫じゃないですか」 「……」 「みょうじさんクソ真面目だし」 「クソってなに」 「ずっと一人でマネやってたじゃないですか」 「それ、関係ある?」 「俺なら辞めます」 「……でしょうね」 自分はプレーしないで準備や手伝いをして、選手のために色々やってるのにそれを当たり前と思う人はお礼も言わないし、側から見てて結構報われないポジションだと思う。それにみょうじさんは及川さんとか目立つ人とも仲が良いから部外の人から嫌がらせされることもあると聞いたことがある。そっちは理不尽すぎだけど。 「勉強のことはわかりませんけど、みょうじさんがちゃんとしてる人だとは思います」 「……」 「やってるからしんどいんでしょ」 「……うん」 「みょうじさん別に頭悪くなさそうだし。……たまにバカだけど」 「ちょっと」 「感動してたのに」と俺の背中を叩くみょうじさんはケラケラと笑っている。いつものみょうじさんだ。 「そっちの方が良いですよ」 「?」 「笑ってた方が良いです」 「え」 みょうじさんの動きが2秒ほど止まるが、俺は気にせず足を進める。 「どうしたの急に」 「励ましてって言われたので」 どうしたもこうしたもない。思ったから言っただけ。いつもの顔が見たかっただけだ。 「びっくりした……国見って何考えてるかわからないから怖いんだけど」 「本心です」 「わー優しい」 「……」 俺の言葉を冗談に受け取っていることにもやもやが残る。この人にとって俺はただの後輩で、他の1年と同じ並びなのだ。俺が何を言おうときっとまともに受け取ってはもらえない。 俺があと2年早く生まれていたら違っただろうか。同い年だったら俺に素直に弱い部分を見せることも、弱ったこの人をどうにかすることもできたのだろうか。どうしようもないことを考えていると「あのさ」とみょうじさんが口を開いた。 「……国見は顔は良いんだから、あんまり期待させるようなこと言っちゃだめだよ」 何の話ですか。顔はって何ですか。ていうかみょうじさんが言えっていってきたんですけど。抗議しようと口に出そうとしたそれらの言葉は、見たこともない表情で見たこともないくらい顔を赤くしたみょうじさんを見たら全部吹っ飛んだ。 「期待したんですか」 「あ、いや、私は」 「期待、しても良いですよ」 「え」 「……俺、コンビニ寄って帰るんで」 「え!?ちょっと」 「勉強頑張ってください」 みょうじさんの視線と自分の発言に耐えられなくなり、みょうじさんを置いてすぐそばにあったコンビニに早足で逃げた。名前さんは追いかけて来ない。助かったと思うと同時に、俺は何をやっているのかと恥ずかしくなる。 思わず入ってしまったコンビニで何も買わないのもあれなのでお菓子を見ているとスマホが鳴った。みょうじさんからのメッセージだった。 "励ましてくれてありがとう。頑張ります" 俺の言葉はまともに受け取ってもらえたのか、元気付けるためのお世辞だと思われたのか、何も考えていないのか、この文面からは何もわからない。……さっきのあの顔で何も考えてなかったら相当すごいと思うけど。 少し考えて、"受かったら何か奢ってください"と返信しておいた。 受験頑張ってほしいとか、合格してほしいとか思わないこともないけど、受験なんかより俺のことで頭がいっぱいになれば良いのに。 ……やっぱ俺、クソダサい。 20200209 |