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「お店、私が決めて良かったんですか?」
「もちろんです。お礼なんでみょうじさんが行きたいとこじゃないと意味ないです」

生駒さんはさも当たり前という顔で答えた。
私、生駒さんとデートしてる。……正確にはデートではないのかもしれないが。

生駒さんとの「お礼」はなかなか予定が合わなかった。私が夕方からはバイトがずっと入っていることを告げると、私のバイトの時間までお茶でもしましょうと言ってくれた。お店は「みょうじさんが行きたいところがあれば」というお言葉に甘えて私が行ってみたかったカフェを提案し、今は注文を考えているところだ。

本当にこのお店で大丈夫なのかと少し不安に思っていたが、メニューを見て「うわ、めっちゃ美味そう」と漏らす生駒さんを見て胸を撫で下ろす。生駒さんはうちの店でたまにスイーツも買って行くので、甘いものは嫌いじゃないと思ったのだ。
注文を済ませると急に緊張がやってきた。いつもレジで向かい合っている筈なのに、場所が変わるとこんなにドキドキするものか。バイトの時より入念に髪の毛をセットしたり、デートっぽい服を選んできたことはバレていないだろうか。良く思われたいけど、「こいつ気合い入れてきたな」と思われていたら少し恥ずかしい。
黙っていても心臓がもたないので、何か話を振らなければと以前から気になっていたことを聞いてみる。

「い、生駒さんて、もしかしてボーダーの方、ですか?」
「なんでわかったんですか?サイドエフェクト?」
「サイド……?連絡先いただいた時のメモ用紙にボーダーのマークがあったので……」
「ああ!そうです僕ボーダー隊員なんですよ」

「バリバリ戦ってます」と力こぶを作るように右腕を上げる生駒さん。やっぱりボーダーだったのか……それは忙しいのも納得だ。もしかして今日お昼過ぎに集合だったのもボーダーの任務?があったのかも。危険区域内では日常的に近界民が現れてはボーダー隊員が倒しているという話は三門市民の常識である。生駒さんはあの怪物をいつも相手にしているんだ。

「すごい……」
「僕からしたらみょうじさんもすごいですよ。レジとか商品並べたりとかめっちゃ早ないですか?」
「品出し、見られて……?」
「いや、あの、すんません。可愛いなぁ思てたら目で追ってもうて……」
「え」

突然放たれた「可愛い」という言葉に思わず反応してしまう。可愛い……私が?その前の品出ししているところまで見られていたことにも驚いた。しかも品出しの時なんて早く終わらせたいの一心で絶対無表情だし変な顔をしているに決まっている。でも今、可愛いって。本当に?顔が熱を帯びていく。
生駒さんが小さく「ほんますいません」とまた謝るが、どう反応していいかわからずおろおろしていると、ちょうど店員さんが頼んだものを運んできてくれた。た、助かった……。

「いただきます」
「いただきます」

やってきたチーズケーキを食べようと手を合わせ、何気なく出した声が重なった。生駒さんの方を見ると私と全く同じように手を合わせている。生駒さんも気付いたようで、こちらを見て「ハモりました?」と言われて思わず笑ってしまった。こんな些細なことでも嬉しく思ってしまうなんて、完全に浮かれてしまっている。だらしなくにやけそうになる顔をなんとか抑えてケーキを一口食べる。……おいしい。コンビニのケーキとは違う美味しさに頑張って抑えていた頬が緩む。すぐに二口めを食べるのがもったいなくてなんとなく生駒さんの方を見ると、思い切り目が合った。生駒さんはスプーンを手に持ったまま、自分のわらび餅のパフェに手をつけていない。

「あの、私の顔に何か付いてますか……?」
「可愛い顔が付いてます」
「!」

また顔に熱が集まる。素直に嬉しいし喜びたい気持ちと、信じられない気持ちが渦巻いてどうしていいのかわからない。生駒さんは至って普通の顔をしているし、誰にでもそういうことを言う人なのかもしれない。もうしそうだったらちょっと嫌だけど……でも生駒さんにとってあまり特別なことではないのかもしれないし、過剰に反応するのも変なのかも。どうして良いのかわからず「いやいや……」と言いながらフォークで二口目を掬った。もっとうまい言葉を返せたらいいのに。

その後はお互いの学校や普段の話をした。生駒さんが大学生でしかも19歳だということに驚いたが、生駒さんも私が高校生だと知って驚いていた。私を大学生だと思っていたらしく、真顔で「JK……」と呟いていた。落ち着いて見えるからと言ってくれたけど、老けて見えてたら困るなあ。
生駒さんの話はどれも面白くて、すぐに時間が過ぎていった。特に「風が強いと思ったら自分の鼻息だった」話はツボにはまって大変だった。



「今日はほんまにありがとうございました」
「そんな、こちらこそありがとうございました」

お店を出て少し歩いたところで向かい合う。もう解散するというのに、私は今日の目的である「お釣りを返す」ことができないでいた。これを返してしまったら生駒さんとはもうただのお客さんと店員の関係に戻ってしまう。生駒さんが仮に私のことを良く思って連絡先を渡してくれたのだとしても、今日で変わってしまったかもしれない。私は今日とても楽しかったけれど、生駒さんはいつも通り真顔だったし私は面白い返しができなかったし……私だけが楽しんでしまったのではないかという不安がぐるぐると頭を巡る。でもお釣りを返さなければ今日会った意味がなくなってしまう。
少し悩んだが、やっぱりお金のことはきちんとしなくてはと思い、お釣りが入った封筒を鞄から取り出し生駒さんに差し出した。

「これ……お釣りです」
「え?」
「前渡しそびれた……」
「ああ、ほんまや忘れてました」
「ちゃんと返せて良かったです」

……本当はあまり良くないです。頭の中で言葉を続けるが渡してしまったものはもうどうしようもない。「良かったらまた会ってもらえませんか?」と言えたら良いのだけれど、どうしても言葉にできない。別れ難くて「さようなら」とも言えずに下を向いていると、生駒さんに名前を呼ばれた。

「みょうじさん」

顔を上げるとこちらを見ていた生駒さんと目が合った。力強い視線に心臓が跳ねる。

「僕、今日ほんまに楽しくて。……また、誘っても良いですか?」

願ってもない言葉だった。嬉しい。私と同じように楽しんでくれていたことも、次ができたことも。まだお客さんと店員に戻らなくて良いんだ。
ぎゅう、と胸のあたりが締め付けられるような感覚に耐えながら声を出す。

「……っ、はい。私で良ければ」
「!ほんまですか」
「はい」
「良かった……ほなまた連絡します」
「わかりました。……じゃあ、また」
「はい。また」

「連絡待ってます」と言いそうになるのを堪えて、会釈をしてから生駒さんとは違う方向に歩き出した。

しばらく一人で歩いて今日の出来事、そして先程の会話を思い出してしまい顔が溶けそうになる。浮かれすぎだとわかってはいるが、バイト先に着くまでは許してほしい。
お店に着いてからはいつもの顔に戻したと思ったのだが同じシフトで入っていた田中さんに「何か良いことあった?」と言われてしまった。まだ顔が緩んでいるのだろうか。生駒さんには絶対見せられないなあ、とまた生駒さんのことを考えてしまっていることに気付いてぶんぶんと顔を横に振った。気を取り直してさっさと品出しを終わらせようとしたところで先程生駒さんに褒められたことを思い出してまた顔が熱くなる。今日の私、本当にどうかしてる。





20200106