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最近、バイトが楽しい。
元々このコンビニのバイトは嫌いではなかったけれど、ここ数ヶ月は特に楽しい……というより、楽しみになっている。

「ありがとうございましたー」

たった今会計を終えたお客さんをいつもの適当な挨拶と共に見送る。すると、すぐに新たなお客さんがやってきた。……あの人だ。一日何十回と繰り返す「いらっしゃいませ」が少しだけ丁寧になる。ここ最近、日はバラバラだが同じ時間帯にやってきて、レジで「今日も暑いですね」とか「このお弁当美味しいですよ」とか少しだけ話して帰って行くお客さん。
この人は少し前に私がうっかり「お弁当温めますか?」を「お箸温めますか?」と言ってしまいハッとなったところを「お箸温めた方が美味しいですか?」と神妙な顔で返され思わず笑ってしまって以来、たまに話しかけてくれるようになった。それからこのお客さんとの会話が私の密かな楽しみとなっている。
見た感じ20代前半、関西弁。キリッとした顔で少し怖そうな見た目だが、以前友人と思われる人たちと一緒にお店に来た時は和気あいあいというか、楽しそうな声が聞こえてきたのを覚えている。そういえばその中の一人がボーダーのマークがついた服を着ていた。ということは、あの人もボーダーの人なのだろうか。……かっこいい。近界民と戦うあのお客さんを想像してにやけそうになるのを我慢しながら先程の会計で受け取ったお金をレジへ戻していると、同じシフトの田中さん(46歳主婦)に名前を呼ばれた。

「はいっ、えっあっいらっしゃいませ!」

顔を上げるとたった今私の脳内を埋め尽くしていたあのお客さんがカウンターを挟んですぐ目の前にいた。すみません、と言ってすぐに商品のバーコードを読み取る。今日はお茶一本だけだった。いつもはお弁当とかパンとか、食べ物も一緒に買っていくのに。

「151円です。お印でよろしいですか」
「はい」

ペットボトルにシールを貼り、200円を受け取る。お釣りを用意しているとお客さんが「あの」とカードのようなものを私に差し出した。ポイントカードはもう読み取って返したはずなので何かと思いお客さんの手元にあるそれを見る。

「僕、生駒達人言います」
「えっあの、」
「よかったら連絡ください。ほんまに無理なら捨ててください」

突然のことで驚きと混乱、お釣りを用意している途中のため手も塞がってどうしようとあたふたしていると「ここ、置いていきます」と持っていたそれをトレイが置いてあった場所に置き、お茶を持ってすぐに出て行ってしまった。
私がぽかんとしている間に彼はお店を出ていってしまった。今起きたことを確認するようにもう一度彼が置いていった紙を見る。整った字で書かれた名前と、080から始まる11桁の番号。ご丁寧に名前にはふりがなもふられている。生駒達人。いこまたつひと。初めて知るあの人の名前。じわじわと顔が熱くなる。私の聞き間違いでなければ、「連絡ください」と言っていた。私に。心臓が今更バクバクと大きな音を立て始める。
生駒さんが置いていった紙を見たまま停止していると、入店音が鳴った。咄嗟に手に持ったままだったお釣りを完成させ、制服のポケットに入れる。もちろん連絡先が書かれた紙も。「いらっしゃいませー」反射で口から出た声が上擦った。

その後も続々とやってくるお客さんの会計をこなしながらも頭の片隅にはあの人……生駒達人さんのことが離れなかった。思い出しては顔を引き締めてを繰り返していると、シフトの終了時刻が近付いていることに気がついた。ポケットに手を入れて小銭が入っていることを確める。本来なら会計の過不足は報告する決まりになっている。……店長、ごめんなさい。でもお釣りはお客さんに必ず返すから……許してください。
あの紙をもらってすぐに連絡したら軽い女だとか飢えているとか思われないだろうかと少し迷っていたが、バイトが終わったらすぐに生駒さんに電話しようと決心する。お釣りを、この49円を返さなければならないから。私が直接、渡したいから。



20191019