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「みょうじ!」

一人で歩き始めて1分もしないうちに後ろから腕を掴んで引き止められた。これ以上何を話すことがあるのか。こちらはぽたぽたと溢れる涙を堪えるので精一杯だというのに。振り返ったら余計に止まらなくなってしまう。

「何?」

泣いているのを悟られないように前を向いたまま、短く、強めに声を出した。二宮くんは何も言わない。呼び止めておいて何がしたいのだろう。私に謝るという用事はもう済んだはずだ。

「離して」
「まだ話は終わっていない」
「もう終わったでしょ」
「こっちを向け」
「嫌」

子供のように突っぱねる私に小さくため息を漏らすのが聞こえた。呆れられてもいい、今すぐこの場から立ち去りたい。こんな情けない顔を見せたくない。

「俺は納得していない」
「私は納得した」
「納得しているなら何故こっちを見ない」
「二宮くんには関係ない。離して」

一方的に会話を拒否しても、離してくれと頼んでも、腕を掴む力が緩むことはない。二宮くんは私を解放する気が無いらしい。少しの沈黙の後、もう一度語気を強めて言った。

「離して」
「好きだ」

私の言葉を遮るように二宮くんが言葉を発した。……何と言った?会話の噛み合わなさと突発的な発言に、一瞬思考が停止する。
二宮くんが食い気味で発した言葉を、脳が勝手に再生する。私の勘違いか、聞き間違いか、はたまた幻聴か。混乱して何も反応できずに立ち尽くしていると、もう一度小さく何か言った。私には「好きだ」と聞こえた。
「好き」とは、誰が?誰を?それとも、何を?

「頼むから、こっちを向いてくれ」

掴んでいた力が抜け、少しだけ後ろへ引かれる。空いている方の手で涙を拭い、恐る恐る身体を彼の方を向けると腕を掴んでいた手が離れた。彼の表情を伺うと思い切り目が合った。思わず目をそらしてしまう。

「お前は違うのか」

少しだけ見えた二宮くんはいつも通りのポーカーフェイスだったが、どこかがいつもと違う気がした。からかっている訳ではないということはわかる。でも、どうして。先程のあの会話は一体何だったのだろうか。展開が急すぎて理解が追いつかない。

「す、すきって、誰が、」
「……俺が、お前を」
「え、だって、さっき……」
「俺が答える前にお前が早とちりしただけだ」

そんなバカな。しかし堂々と離す彼が嘘を言っているようには思えない。本気、なのだろうか。こんな嘘を言う人ではないことは知っているけれど。じわじわと涙が目から溢れていく。泣いているところを見せたくなくて俯きながら会話を続ける。彼の言うことは本当なのだろうと思い始めているが、さっき突き放してしまった手前素直になれない私は言い返してしまう。

「し、信じられない」
「何故だ」
「言い訳にしか聞こえないよ」
「俺がどうでもいい女にあんなことするとでも思ってるのか」
「だって酔ってたし……誰かと間違えたとか」
「誰と間違えるんだ」
「誰って……」

少し考えて「ぼ、ボーダーの人とか……」と呟くと「は?」と返された。

「何故ボーダーが出てくる」
「だって大学の二宮くんしか知らないし、ボーダーには可愛い子もいるだろうし……」
「ボーダーに恋愛もクソもあるか。仲良しサークルじゃないんだぞ」
「それはわかってるけど……」

一般人はボーダーの内情なんか知らないんだってば。二宮くんは恋愛もクソもないと言うが、一組くらいはカップルがいてもおかしくない。というか絶対いる。隠してる。煮え切らない態度をとる私を見て二宮くんははあ、と短いため息をつき「みょうじ」と名前を呼んだ。

「いい加減信じろ」

片手で私の顎をすくい上げて、反対の手で目元の涙を拭う。少し困ったような表情の彼。もっと見ていたいのに、どんどん溢れ出る涙が邪魔をする。もうお手上げだ。ぼろぼろと涙を流しながら声を絞り出す。

「はい……」
「お前はどうなんだ」
「私も……同じ、です」

涙を拭く手が止まり、目が合う。1秒、2秒……これはもしや、と思った瞬間、顔に添えられていた手が離れた。

「帰るぞ」

スッと身体の向きを変え、ぽかんとしている私を置いて家の方向へ歩きだす二宮くん。今、キスする流れだと思ったのだが違ったのだろうか。誰か人が来たのだろうかと思い周りを見渡すが辺りには誰もいない。私たち……両想いなんだよね?付き合うってことで良いんだよね……?たった今行っていた会話は夢だったのかと考えてしまう程淡白な対応にうろたえる。腕をつねってみた。痛い。現実で合っているようだが、この態度はどういうことか。元々ベタベタする人ではないとは思っていたが、温度差に戸惑ってしまう。
とにかく彼に追いつかなければと、スタスタと先を歩く彼を追いかけて名前を呼んだ。

「二宮くん」

何だ、とまっすぐ前を向いたまま立ち止まることなく答える二宮くん。後ろからではやはり何を考えているかわからない。思わず不安を口にする。

「私たち、付き合うってことで良いんだよね……?」
「……ああ」

少しの間が気になるが、肯定が返ってきたので少し安心した。そのまましばらく彼の後ろをついていくが、何故か歩くのが早い。普段よりも随分と早く感じる。ついていけない程ではないが、少し疲れる。名前を呼んでもまた先程のようにこちらを見ないだろうと思ったので、思い切って彼の手を掴んでみた。手がぴくりと反応するのがわかった。

「ごめん、ちょっと歩くの早い……」
「……悪い」

歩くスピードが少しだけ遅くなった。私が掴んだ手も離されなくてホッとする。彼の横に並んで少しだけ手の力を強めると、握り返してくれた。やっぱり、夢じゃない。
彼の手を取り、隣を歩くことができることに顔が綻ぶ。嬉しくて二宮くんの顔を覗き込むと、眉間に皺をつくってはいるが、顔色はほんのり赤い。ひょっとして、ひょっとしてだが……照れている……?まさかとは思うが、そう考えると先ほどの告白からの行動も理解できる。どうしよう。言葉にできない愛おしさが募る。もっと一緒にいたい。しかし、もう家はすぐそこ。今日はもう別れなければならないのか?気付いたら口に出していた。

「二宮くん。……家、寄っていっても良い?」




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