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「隠岐くんて、絶対モテるでしょ」

「何、急に」と隠岐が返す。

「だって顔が良くて優しいってモテる要素しかないじゃん」
「モテへんよ。顔も普通やし別に優しくもないで」
「優しいじゃん!しかも関西弁だし!」
「関西弁はモテ要素なん?そら嬉しいなあ」

スマホを操作しながら微笑む隠岐を盗み見て、そういう所もね……!となまえは心の中で叫ぶ。意識を目の前の貸し出しカードに移して作業を続けようとするが、全く進まない。これが終われば任務完了だというのに。意中の相手と二人きりになれたこの状況に喜びが半分、困惑が半分といったところだろうか。

なまえが隠岐を好きになるのは自然な流れだった。
同じクラスの隠岐とは、隣の席になってから自然と仲良くなった。最初はただの「イケメンのクラスメイト」くらいににしか認識していなかったが、隣の席になってからは隠岐の方から話しかけられることも多く、すぐに「よく話す友達」になった。隠岐は意外と冗談も言うので会話することがどんどん楽しくなっていった。
加えて隠岐はよく気が付く。教師に頼まれてノートやプリントを運ぼうとするとすぐに「持つで」と言って手伝うし、一緒に日直になった時は「俺黒板消すから日誌書いてくれへん?」と自ら汚れる仕事をする。今も放課後一緒に当番やるはずだった図書委員が早退してしまった、というなまえの言葉を聞いて「今日任務ないから暇やねん」と図書委員の仕事を手伝っている。

「隠岐くん、困ってたらすぐ助けてくれるし。かっこいい人にそんなことされたらみんなすぐ惚れちゃいそう」

私もその一人なので、と心の中で続ける。明るい顔を作っているが、なまえは少し寂しく感じていた。今は自分が隣の席だから話しかけてくれるが、席替えをすれば新しく隣になった子が隠岐に話しかけてもらえる。それに、困った時に助けてもらっているのは、きっと自分だけではない。席替えをするたびに隠岐を良いと思う女子はきっと増えるし、ただでさえイケメンと言われている隠岐だ。会話をしなくても隠岐を好きな女子はいるだろう。隠岐と仲良くなればなるほど、優しくされるほど隠岐への想いは増えていくが、同時に辛い気持ちも増えていた。「隠岐くんが優しいのは私だけじゃない」と自分に言い聞かせて「友達」のラインを超えないように必死だった。「すぐ惚れちゃいそう」というのは、嫉妬も含んだ言葉だった。

「あー……そんなええもんちゃうで」

褒め言葉に、困ったような表情で隠岐が言う。少し意外な言葉だった。また「全然やで」とか当たり障りのない言葉が返ってくる思っていたなまえは不思議に思った。

「モテる人の苦労的な?」
「俺はそんなええ人ちゃうでってこと。ほんでモテてへんし」

「手止まってんで」と指摘され、慌てて作業を再開する。今の答えにもやもやする気持ちはあるが今は作業に集中しなければ隠岐の帰宅時間も伸ばしてしまう、としばらく黙々と作業を続けていると隠岐が再び口を開いた。

「……好きな子に惚れてもらえへんかったら意味ないからなあ」

独り言のように小さく発した言葉をなまえは聞き逃さなかった。やっぱり隠岐には好きな女の子がいると確信して胃のあたりが重くなる。と同時に、好きな子がいるのにこんなに自分と仲良くしていて良いのか、と思う。好きな子がいるのに女である自分と図書室で二人きり。自分はそれほどまで女として意識されていないということだろうか、とさらに気が重くなった。

「す、好きな子がいるなら私に優しくしちゃだめだよ。私も一応……女だし」

手に持っていたボールペンをきつく握りしめて胸の痛みに耐える。これ以上隠岐のことを好きになってはいけないと思った。これ以上優しくされて、仲良くなって、好きになっても、それは叶わないから。
握ったペンを見つめながらあくまで親切心を装って伝えるなまえに、隠岐は少しだけ目を細める。

「それ、ほんまに言うてる?」
「当たり前じゃん。好きな子に勘違いされたらどうするの」
「……なあ、流石に鈍すぎちゃう?」

ボールペンを握りしめるなまえの手を、隠岐のそれが包む。

「そろそろ気付いてくれへん?」

隠岐はなまえの方を見るが、なまえは予想外の出来事に目の前の自分の手から目が離せないでいる。固まるなまえに、さらに追い討ちをかける。

「俺、みょうじ以外に優しくした覚え無いねんけど」
「えっ」
「俺こんな手伝ったりせえへんで」
「嘘……」
「こんなしょーもない嘘ついてどうすんねん」
「……」

隠岐の真意に気付かされ、真っ赤になるなまえを満足そうに眺める。隠岐もまた、高揚していた。なまえが自分に気があることはなんとなく気付いてはいたが、なまえが一向に踏み込もうとしなかったのだ。恋愛に対して控えめななまえはとてもいじらしく、このあやふやな関係もそれなりに楽しく思っていたが、いい加減じれったくなった。
なまえがゆっくりとペンから手を離し、恐る恐る隠岐の指に触れる。なまえが触れている面積を少しずつ増やしていくごとに隠岐も満たされていく。

「信じてくれた?」
「た、ぶん」
「まだ信じてもらえへんの?」

「悲しいなあ」と笑いながら指を絡める。

「こんなに好きやのに」

いつものへらへらとした顔で冗談のように言いながら、隠岐は自分でも恥ずかしい台詞だなと思う。真面目なトーンで言うにはハードルが高い。けれどここで言わないわけにはいかない。自分の羞恥心と男の意地を天秤にかけた上での精一杯の告白だった。
隠岐の言葉になまえはきゅ、と手の力を強くする。

「っわ、わたしも」

絡みあった手に、もう片方を重ねる。

「私も、好きです。……本当に」
「……そらよかった」

咄嗟に平静を装う。普段通りの声が出て安心した。触れ合った手が異様に熱い。どちらの熱かはわからないが、きっとお互い同じだと隠岐は思う。そしてこの甘ったるい空気に恥ずかしくなった隠岐はわざとらしく声を発した。

「あー、俺こんなキャラちゃうのに」

照れを隠すために机に突っ伏す。余裕が無くなったことはなまえに気付かれていないか少し不安だが、何事もなかったかのように言葉を続ける。

「それ終わったら言うてな。送るし」
「……うん」

隠岐は寝たふり、なまえは作業を再開する。自分の鼓動が相手に聞こえていないことを祈りながら。




20190930