家を出ようとしたら弟に脅されたけどなんだかんだで幸せになった話


※カムクラと日向が双子の兄弟
※恋愛感情なんてないはずだった


 
何が悪かったんだろう?
最初から思い返そうとしたら幼少期まで遡ったから、考えるのをやめた。
感情の見えない一対の緋がジッとこっちを見ている。取り上げた包丁を握る手に、じわりと汗が滲んだ。

「な、なあ、イズル……ちょっと落ち着こうぜ?」
「僕は落ち着いています。落ち着くのはハジメの方でしょう。突然家を出ると言い出すなんて」

ああ、そうか。そうだ。何が悪かったのか。……俺が家を出ると言ったからだ。
 
 
 
 
 
俺――日向創とカムクライズルは双子の兄弟だ。俺が兄、イズルが弟。平凡な方が兄で、優秀な方が弟だ。周りはそう認識しているし、間違っていないからいちいち訂正する気にもならない。苗字が違うのは今時よくある話だから割愛するが、俺達は高校に進学した今でも一緒の家に住んでいる。ギリギリで予備学科への転入を許された自分とは違い、自他共に認めるほど才能に愛されているイズルは希望ヶ峰学園の本科へ通っている。本科生の大半は寮住まいだ。それなのに何故かイズルは入寮を拒否している。
同じ家で、自分と同じ顔をした、自分より優秀な弟と一緒に暮らすというのは、何かとトラブルが多い。どんなトラブルなのかと問われれば、それは単純に心のトラブルだ。俺のメンタルが脆弱なだけかもしれない。でも、大体そんなもんだろう?
近くにいれば嫌でも比べられる。隣にいれば自分でも比べてしまう。俺にはできないけどイズルならできる。俺にもできるけどイズルならもっと完璧にできる。俺ができなかったら「カムクライズルの兄なのに」で、俺ができたら「さすがカムクライズルの兄」だ。いつの間にか俺を語るにはイズルが不可欠になっていた。
だからこそ、離れたかった。いつまでもイズルのおまけのように扱われるのは嫌だった。本科と予備学科の間に存在するぶ厚い壁さえ破って届くイズルの名声を聞く度に、俺は死にそうになった。優秀な弟を持つことへの羨望と同情。弟を通じて教師や本科生に媚を売っているのではという憶測と罵倒。俺とイズルを比較する嘲笑。必死に手に入れた俺の居場所のはずなのに、そこにもイズルの影が付き纏う。
せめて、せめて家でくらい一人でいたい。そう願ってもイズルは寮に入らない。家を出ない。
ならイズルじゃなくて俺が家を出れば万事解決じゃないか。……そう、思ったんだ。

「家を出る?何を言ってるんですか、ハジメ。そんなことしたら一緒にいられないじゃないですか」
「っ……だからだよ。……俺は……ずっとお前と一緒にいるなんて耐えられない……!」
「……ふーん。そうですか」

家を出ると言ったらイズルが真顔で詰め寄ってきた。まるでホラーだ。表情一つ変えない、日本人形みたしな長い黒髪の男が、赤い目で俺を射抜きながら淡々と声を発している。
意を決して告げれば、思いの外あっさり引かれて少し拍子抜けした……のも束の間だった。身を翻してリビングを離れたかと思ったら、包丁片手に戻ってきたんだから。

「い、イズル……!?」
「ハジメが家を出るならここで死にます」
「な、何冗談言ってんだ!いいからそれ渡せこの馬鹿!!」
「冗談は言っていません。ツマラナイ……。せめて僕の死に際を見てから出て行ってください。ハジメがいなくなってから一秒たりとも生きたくありませんから」

そう言って迷いなく喉元に切っ先をあてようとするものだから、俺は思わず「家は出ない」と叫んでしまった。ピタリ。あと数ミリまで迫った包丁が動きを止め、喉元から離れた瞬間に、俺はイズルに飛びかかった。本当なら俺なんかがイズルに敵うはずないのに、イズルは微動だにしない。少し不気味に思いながらも俺はイズルから包丁を取り上げた。イズルが反撃に出ないことを確かめ、奪い返されないようにと距離を取る。

「本当に家を出ないんですね?知っていますか、ハジメ。口約束でも契約になるんですよ。もしハジメが勝手に家を出たら契約不履行です。まあ、ハジメが家を出たら僕は死ぬのでどうでもいいんですけどね」
「な、なあ、イズル……ちょっと落ち着こうぜ?」
「僕は落ち着いています。落ち着くのはハジメの方でしょう。突然家を出ると言い出すなんて」

一体誰に何を吹き込まれたんですか。こてん、と首を傾げながら問うイズルが怖い。誰にも何も吹き込まれていないが、ここで本当のことを言っても平気なんだろうか。下手なことを言ったら最後、一瞬で包丁を奪われる可能性もある。俺は包丁を持つ手に力を込めた。

「お、れは……別に、誰かに言われたわけじゃ……」
「…………庇うんですか」
「い、いや、だから……」

どうしてそんな発想になるんだ。俺が誰を庇うっていうんだよ……。
どうにか誤解を解こうと、閉じてしまいそうな口を無理矢理動かす。でも結局言葉が出てこない。それを見たイズルは、一体何を考えたのか、自分の首に両手をかけた。

「お、オイッ!?」
「ハジメには僕よりも大事な人間がいるんですね…………ああ、ツマラナイ……」
「いない!!そんなヤツいないからやめろ!!イズルっ!!」

取り上げた包丁を投げ捨て、首を絞める手に力をこめようとするイズルを必死で止める。スーツに皺ができるのも気にせずしがみつく俺に何か思うところでもあったのか。イズルは首を絞めようとするのを止め、かわりとばかりに俺の頭を撫で始めた。イズルが生き物を撫でるなんて初めてだ。しかも撫でられてるのが俺とか……なんの冗談なんだこれは。悪い夢なのか。

「二回も止めたということは、ハジメは僕が死ぬのは嫌なんですね」
「あ……、当たり前だろ!」
「でもハジメは僕と離れたがっています。僕が死ねば間違いなく離れられるというのに、どうして止めるんですか?」
「そ、れは……だって、一応、兄弟だし……」
「ハジメ。ハジメは周りの目を気にしすぎなんです」
「……目……?」
「そうです。周囲に比較されるから何だと言うんですか。自分で比較してしまうから何だと言うんですか。……二人きりの世界ならば評価なんて必要ない。そうでしょう?」

僕が死ぬのを止めるのは、心の底では僕と離れたくないと思っているからですよ。
囁かれた言葉が、すとんと胸に落ちてきた。イズルの冷たい手が、目を逸らさせまいというように俺の頬に添えられる。緋色が、俺を捉えて離さない。
俺は、イズルと離れたくないのか?だってこんなに……こんなに離れたくて仕方ないのに。比べられるのが嫌で、何をしても「カムクライズルの兄」として扱われるのが嫌で、イズルに劣っている自分が嫌で……。でもそれは、周りの目を気にしているから?周りがいなければこんな嫌な思いしなくていいのか?周りの人間全員と離れるのは、イズルと離れるのよりつらいのか?俺とイズルを比べてばかりのヤツらと離れるのは、イズルを犠牲にしないと耐えられないほどつらいのか?

――そんなわけ、ない。

「……そう……だよな……。俺とイズルだけなら……何も気にする必要なんかないもんな……」
「そうですよ。僕の一番はハジメで、ハジメの一番は僕……それだけです。二人だけの世界には邪魔なしがらみも何も存在しません。愛していますよ、ハジメ」

俺は、自分で気づいてなかっただけでイズルが一番だったんだ。周りの目を気にしすぎて、兄弟だからって自分の思いに蓋をしてたんだ。そうだ。ああ、俺はなんて馬鹿だったんだろう!

「イズル、ごめん、ごめんな……。オマエより他のヤツらを選ぼうとしてたなんて……馬鹿な兄ちゃんで、ホントにごめんな……」
「いいんですよ、ハジメ。そんな馬鹿なところも含めて、僕はハジメを愛していますから」
「イズル……!俺も……、俺もイズルを愛してるぞ!」
「知っていますよ。生まれる前からずっと……。今までもこれからも、ハジメの一番は僕ですから」

そう言ったイズルが、少しだけ笑っているように見えたから、きっとこれが正しい世界の在り方なんだ。
 
 
 
 
 
何が悪かったんだろう?
そんなの決まってる。イズルより他人を優先しようとした馬鹿な俺が悪いんだ。だって、イズルと二人の世界はこんなに優しくて心地良いんだから。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -