所有権には観念性がある


※コロシアイ学園生活なんて起こってないよ!


観念性:
所有権は物の現実的な支配(占有)とは関係なく観念的に存在するという性質。
所有者の現実的支配の有無にかかわらず、所有権は存続する。



苗木と義兄である江ノ島盾との関係が切れて半年が経った。
桜のつぼみが膨らんだ頃に「もう要らない」と言われ、所有者と所有物という関係が壊れた。苗木の背中に刻み込まれた”歪み”は、一体どんな伝手を辿ったのかは知らないが江ノ島が連れてきた医者の手で綺麗に消された。事前の説明は一切なく、麻酔で意識が落ちている間に手術が行われていたらしい。気づいた頃には苗木は江ノ島の支配から解放されていた。頭のてっぺんから爪先まで、余すところなく糸で括られ繰られていた苗木は、江ノ島の気まぐれで自由を得たのだった。
誰にも明かしていなかった異母兄弟という関係は誰にも知られぬまま終わり、法的なことは抜きにして江ノ島誠は苗木誠に戻った。義兄の江ノ島ではなく、クラスメートの江ノ島から玩具のように扱われることは間々あるが、裏側の悪意がない純粋なスキンシップに過ぎないと知ってからは笑って受け流す余裕が出てきた。

――しかし、一度身に刻まれた所有の証は、消された今でも更に奥深いところに残されている。

「つーかさ、昨日のアレはないっしょ!」
「あー、アレはないな。うん、間違いなくないべ!」
「だよなー、フツーあんな何もないトコで転ばねーって!」
「もう忘れてよ……」
「えっ、苗木転んだの?うわー、俺も見たかったなー!!」
「……ッ」

桑田、葉隠と話していた苗木に後ろから飛びついた江ノ島は、苗木の身体を抱き込むように腕を回した。この時、江ノ島に他意はなかった。ただただ純粋に、ごく当たり前に、いじりやすいクラスメートに気安く抱き着いただけで――だからこそ。
息を飲んで押し黙る、“可愛い義弟”の反応に、口元を歪ませるしかなかった。

「…………えっ、江ノ島クン!後ろからいきなり来るのやめてってば!」
「えー?苗木の心臓鍛えてあげてんじゃーん」

江ノ島が離れたことでようやく言葉を取り戻した苗木が声を張ったが、からからと笑って流された。桑田と葉隠も二人のやり取りを見て笑っている。オレ達も鍛えてやろうか、という桑田の提案をそれはそれは丁寧に辞し、苗木は江ノ島を窺った。その顔が歪んだ義兄ではなく、明るいクラスメートのであることに安堵する。それが繕われたものだとも知らずに。
背後から抱き留め、首元に腕を回す。それは江ノ島が苗木から言葉を奪う際、頻繁に用いていた手段だ。苗木が不用意な発言をしようとすると、江ノ島は苗木の首に回した腕を手心なしに絞めた。紛れもない生命の危機。苗木は恐怖し、そして学習を余儀なくされた。背後から抱き留められただけでも言葉を失う程に。
所有者と所有物という関係に落ち着いてすぐの力ずくの躾。背中に刻まれた江ノ島の名が跡形なく消え、ただのクラスメートになれた今でも変わらず、それは苗木の中に残っているようだ。まるで呪いのように。凪いでいるのは心の表面だけで、苗木自身気づかない奥深いところに、江ノ島の呪いは根付いている。ひっそりと、しかし、しっかりと。

「まったくもう……っ、こういうイタズラばっかりしてると石丸クンに叱られるよ?」
「その時は苗木が庇ってよ!俺達の仲じゃーん!」
「……石丸クンの怒り具合によるかな……?」
「うっわぁ、苗木の薄情者ー!!」
「おうおう、苗木っちには血も涙もないんかー!?」

いつもより鼓動が早く、僅かに呼吸が荒い。江ノ島がおとなしく苗木を解放すれば、乱れた呼吸が元に戻った。桑田と葉隠は気づいていないらしく、苗木の薄情さをからかっている。弁解しようと必死になる苗木の表情にもどこか楽しげな色が見えた。恐怖心を自覚していないらしい。
江ノ島はバレないように一歩だけ退いて三人のやり取りを眺めた。根付いた呪いに無意識に振り回される義弟に愛おしさが募る。
ここでバラしてしまおうか。兄弟という関係を。血の繋がりを。刻んだ呪いを。そう考えただけで江ノ島の頬に赤みがさす。形の良い唇が歪な弧を描きそうになるのと一緒にその欲求を抑えながら、江ノ島はもう一度苗木に抱きついた。



(馬鹿な苗木、可愛い誠)
(どう頑張っても、オマエは江ノ島誠に違いないのに!)

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