江苗でハロウィンするはずだった


定期テストに体育祭、文化祭。クラスメートの誕生日に、予定が入るかも定かではないクリスマス。学校行事やイベントに追われる毎日の中で、一つだけ忘れられているイベントがあることに、ボクは気づいていなかった。

「おは、――!?」

教室に入るなり、挨拶を遮ってクラッカーを鳴らされた。ビックリして固まるボクの手にゴミになったクラッカーが押しつけられる。あ、これ霧切さんの誕生日会で使ったやつの残りだ。

「ハァ……おはよう、江ノ島さん。朝から驚かせないでよ……」
「Trick or Treat!」
「……ん?」

クラッカーをゴミ箱に捨てたボクに向かって江ノ島さんが両手を突き出す。これは一体何を求められてるんだろう……?
悩むボクに痺れを切らしたのか、江ノ島さんはもう一度同じ言葉を繰り返してボクの両頬を叩いた。ぺちん。そのまま手のひらでボクの顔を包んで江ノ島さんは不機嫌そうに唇を尖らせる。

「ちょっとー、無反応とかヒドくない?苗木ってば生卵ぶつけてほしいワケぇ?」
「な、生卵!?そ、そんなのぶつけてほしくないに決まってるよ!!」
「じゃあどうして何も言わないのー!?」
「どうしても何も、突然何のこと……」
「苗木っち、知んねーのか?今日はハロウィンだべ!!」
「は……ろうぃん……?」

突然出てきた生卵に何のことだと頭をフル回転させていると、後ろから葉隠クンが助け舟を出してくれた。江ノ島さんに捕まってしまって葉隠クンの方を見られないけど、なんだか手で良くないサインをしてる気がする。「教えてやった代わりにちょっとばかしコレを恵んでほしいべ」なんて幻聴が聞こえた。多分疲れてるんだろうな、ボク。
発音が良すぎて何て言ってるかわからなかったけど、そうか、トリックオアトリートって言ってたのか。ハロウィンなんてすっかり忘れてた。
鞄の中に何か入ってなかったかな?と漁ってみたけど、教科書とノート、筆箱、ケータイ、あと財布くらいしか入ってない。……これは、マズイ、かも。

「そうそう!ハロウィンです。ハロウィンなのですよ、苗木誠君!お菓子をくれなきゃイタズラ(性的)しちゃうぞっ」
「イタズラになんだか含みがある気がするんだけど!?」

語尾に星でもつきそうなテンションの江ノ島さんにツッコんだら、額に額をくっつけられた。目の前に江ノ島さんの顔……というか目が見える。近過ぎてよく見えないくらい、見える。すごく愉しいことを思いついた時の、キラキラした目が。ああ、なんだか嫌な予感がする。

「お菓子かイタズラ、3秒以内に選んでね?」
「えっ、あ、ちょっと待っ」
「ぶっぶー!時間切れー!!」

時間切れ。その言葉を聞いた途端に頭が真っ白になった。あれ、ボク何されるんだろう。女子更衣室に特攻かけろとか言われないよね?山田クンの油芋チップス食べた手で十神クンの眼鏡に指紋つけろとか言われないよね……?どうしよう、明日ボク生きてるかな……。
なんだか暗い未来しか想像できない。誤魔化すように溜め息を吐こうとしたけど、何故かうまく吐けなかった。しかもなんだか柔らかい感触が――。

「――んんぅっ!?」

溜め息が吐けなかったのも納得だ。唇を、江ノ島さんの唇で塞がれていた。抗議の声を上げそうになったけど意地で止める。これ以上エスカレートしたら堪らない。
啄ばむようなキスの後に唇をやわやわと食まれる。かと思えば今度は思い切り歯を立てられた。あ、これ絶対血が出た……。睨もうとしたら視界が涙で滲んでいるのに気づく。いい加減助けてほしい。
しばらく息を止めて耐えていると江ノ島さんも満足したのか疲れたのか、それとも飽きたのか、わざとらしく音を立ててから離れてくれた。

「ゴチソーサマ!」
「はぁ……っ、いきなりすぎるよ!」
「えー?ちゃんと3秒待ったじゃん」
「き、きき君達ぃ!!不純異性交遊はやめたまえ!!」
「朝っぱらからキスシーン見せつけられた……だと!?」
「い、いちゃついてんじゃないわよ……!!」
「苗木っちばっかズリーぞ!江ノ島っちー、俺もキスしてほしいべー!」
「ハァ?誰がアンタなんかにするかってのー。あたしこう見えて貞操大事にしてんのよね」

ようやくキスが終わったと思ったら、一部始終を黙って見ていたクラスメート達が騒ぎ出した。……当然だ。ボクもこんなシーンを見せられたら全力で抗議するし論破すると思う。運の良いことに生まれてから今日まで一度もそんな光景を見たことはないけど。かわりに当事者になるなんて思いもしなかったけど!
江ノ島さんは両手を擦り合わせて懇願する葉隠クンを茶化し始めた。
楽しそうに笑う江ノ島さんの邪魔をするのも忍びなくて、ボクは熱の集まった顔を冷やすように手で覆いながら自分の席に着いた。つい唇に伸びそうになる指先を慌てて止める。……なんだか女の子みたいだな、ボク。

「……トリックオアトリート……」

小さく呟いて机に突っ伏す。ああ、まだ顔が熱い。チラッと視線を投げたら江ノ島さんとバッチリ目が合って余計熱くなった。やめて、笑わないで、ボクのライフはもうゼロだよ!

お菓子くれなきゃイタズラするぞ。
さっきのキスは、お菓子だったのか、それともイタズラだったのか。


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